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お城の基礎知識

城は敵に攻め込まれた際の防御拠点として設けられた建築物であり、戦国大名や武将らの戦闘拠点であるとともに、食糧や武器などの貯蓄、そして、住居としての側面も併せ持っています。

城の設計・構造

■縄張と曲輪

城を造るためには設計が必要であり、この設計のことを縄張(なわばり)といいます。”縄張”という言葉はもともと城を造る際に縄を用いて長さを測ったことに由来しています。

そして、城の区画には、城主の住む本丸御殿や天守などが配置された城の中心である「本丸」、そして、それに隣接する「二の丸」、さらにその外側に「三の丸」などがあり、このように城の区切られた空間を曲輪(くるわ)と呼びます。

大阪城の縄張図

大阪城の縄張図。出典:『大阪実測図 日本国内務省地理局 明治20年9月28日版権届』(大阪市立中央図書館所蔵)

■曲輪の配置

城は立地に合わせて縄張を決定し、複数の曲輪を組み合わせて配置します。 曲輪の配置には輪郭式、連郭式など、いくつかに分類することができます。

曲輪の配置の種類

曲輪の配置の種類

  • 輪郭式(りんかくしき):本丸を囲む二の丸、二の丸を囲む三の丸といった配置。
  • 連郭式(れんかくしき):本丸と二の丸を一列に並ぶ配置。
  • 梯郭式(ていかくしき):本丸を隅に配置し、周囲の2方向、あるいは3方向を他の曲輪で囲む配置。
  • 渦郭式(かくしき):本丸を中心として二の丸、三の丸を渦巻き状に配置。

城の地形による分類とその変遷

お城には地形から「山城」「平山城」「平城」の3つに分類できます。

城の地形による分類

城の地形による分類

1.山城

南北朝時代~戦国時代初期に主流であり、軍事的側面が強いタイプの城。

見晴らしのよい山の地形をそのまま活用し、山肌に造られた天然の要塞であり、合戦で敵に攻められたときには防御しやすく、最終的に籠城するのにも便利でした。
しかし、山の上では物資の運搬や水の確保が厳しく、普段は山のふもとの館で生活していました。

山城の普請は斜面を削り、平面な場所を造るのには大変な労力を必要としたため、各曲輪の面積は狭くして数を多くして(20~30程度は普通)補うなどしました。

代表的な山城の例: 岐阜城(岐阜)、岩村城(岐阜)、竹田城(兵庫)、高取城(奈良)など

2.平山城

戦国時代中期以降に主流となり、軍事的側面と政治・経済的側面を併せ持つタイプの城。

合戦で鉄砲が普及すると、城内が射程距離に入らないようにするため、堀の幅を長くして広いスペースを必要としました。また、合戦の減少にともなって領国支配の強化にシフトしていくと、戦国大名らは山城から、領民の住む領地に近い丘や平地などに移動していきました。

こうして、小高い丘を中心に築かれたのが平山城です。平山城は、山城ほど険しくなく平地も併せもっているため、スペースにもゆとりが生まれ、曲輪の数は山城より少なくなります。

織田信長が岐阜城下で行なった楽市楽座は領国の町を活性化させる政策でした。 また、信長は岐阜城や安土城で以後に大きな影響を与える城造りを行ないました。

  • 本格的な石垣による防備(岐阜城・安土城)
  • 天主(=御殿のこと)に高価な漆で壁を塗り、屋根の瓦に金箔を貼るなど(安土城)
  • 権力の象徴として見せる城づくり(安土城)

こうした信長の革新的な城造りは、他の大名らも模倣していきました。

代表的な平山城の例: 安土城(滋賀)、彦根城(滋賀)、姫路城(兵庫)、仙台城(宮城)、熊本城(熊本)など

3.平城

戦国時代終盤~江戸時代初期に多く築かれ、政治・経済的側面の強いタイプの城。

戦乱が鎮まった頃には、城は権力の象徴と領国支配のための役所としての色を濃くしていきました。 城主の居住空間で政務も行なう「御殿」が城の中心地に造られ、権力の集中と家臣の増加によって、多くの家臣を近くに住まわせるために城下町も発展していきました。
やがて御殿の数も増え、城の面積も広大になっていきました。

こうした広大な平地に築かれたのが平城であり、政務をとることを主な目的としました。

代表的な平城の例: 大阪城(大阪)、江戸城(東京)、名古屋城(愛知)、二条城(京都)、広島城(広島)など



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