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家臣団の職責(2)

公家や武家を通じて主君の側近にあって広く奉仕する者を近習(きんじゅ)、または、近侍(きんじ)といい、平安時代における朝廷に初見され、鎌倉時代には制度化され、室町・戦国時代の将軍や諸大名のもとに広く存在しました。
戦国期における主君の側近には以下のように様々な職責がありました。

小姓(こしょう)

小姓は主君の雑用を基本的職務とする家臣をさします。
戦時には主君の盾として命をかけて護衛する役目を果たしました。 また、少年であることも多かったため、主君の男色の対称となることもしばしばありました。

※戦国期に小姓を経験した主な人物

  • 高坂昌信:武田信玄
  • 前田利家:織田信長
  • 森蘭丸:織田信長
  • 井伊直政:徳川家康
  • 直江兼続:上杉景勝
  • 石田三成:豊臣秀吉

右筆(ゆうひつ)

右筆は主君の文書を代わりに代筆する家臣をさします。

武家社会において武家の書状や文書は右筆がすべてを記し、本人は花押を記すか、捺印するのが原則であり、戦国大名の大半は自筆ではありませんでした。しかし、一方で公家社会では自筆が原則とされていました。

右筆の職制は源頼朝が鎌倉幕府を設立したころに始まり、戦国時代には戦時に必要な文書を発給するため、戦にも従軍するようになりました。

※戦国期に右筆を経験した主な人物

  • 武井夕庵(せきあん):織田信長
  • 松井友閑(まつい ゆうかん):織田信長
  • 石田三成:豊臣秀吉
  • 長束正家(ながつか まさいえ):豊臣秀吉
  • 増田長盛(ました ながもり):豊臣秀吉

奏者(そうじゃ)

室町幕府では守護大名が将軍に対し、面会希望や申し出、訴訟を行なうときに取次にあたった家臣をさします。申次(もうしつぎ)とも呼ばれ、朝廷や幕府では「申次」、守護大名や戦国大名では「奏者」と呼ばれる事例が多いようです。
戦国時代においては和睦の仲介や境界争いの調停など、奏者に伝える要望は様々なものがありました。

※戦国期に奏者を経験した主な人物

  • 森蘭丸:織田信長
  • 武井夕庵:織田信長
  • 石田三成:豊臣秀吉
  • 増田長盛(ました ながもり):豊臣秀吉
  • 土屋昌続(つちや まさつぐ):武田信玄

茶坊主(ちゃぼうず)

主君のそば近くで、茶の湯の手配や給仕、来訪者の案内接待などの日常の雑務をした家臣をさします。
室町時代から江戸時代に存在していた職責であり、はじめは禅宗の僧侶などが雇用されたが、のちに武家の子弟で厳格な礼儀作法や必要な教養を仕込まれた少年が雇用されるようになりました。



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