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【名場面】秀吉、黒田官兵衛への畏怖の念を語る

これは天下を取った秀吉がある時、ふざけて近臣たちに「自分が死んだ後は誰が天下を保ったらよいか?」を聞いたときの話である。

▼主な登場人物

  • 黒田官兵衛アイコン

    黒田官兵衛

  • 豊臣秀吉アイコン

    豊臣秀吉


-- 文禄元-2年(1592-93年)頃 --

豊臣秀吉アイコン

秀吉

ふっふっふっ(笑)。
お前たちはわしが死んだら誰が天下を保ったらよいと思うか、遠慮なく申してみよ!

近臣ら

近臣A:それがしは内府殿(=家康)かと。

近臣B:いや、わしは小早川殿(=小早川隆景)のほうが・・・

近臣C:いやいや、前田殿(=前田利家)であろう!

その他大勢:がやがやがやがや・・・・・

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皆各々に言ったが、いずれも政権の五大老(徳川家康・前田利家・小早川隆景・毛利輝元・宇喜多秀家)の範囲内であった。
すると秀吉が首を横に振ってこう言った。

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秀吉

いや、一人だけ天下を得る者がおる。お前たちはわからぬのか?

近臣ら

近臣A:わかりませぬ。

近臣B:一体他に誰がおるというのじゃろう・・。

その他大勢:がやがやがやがや・・・・・

家来アイコン
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秀吉

それはあのチンバ(=黒田官兵衛のこと)じゃ!

近臣ら

近臣A:え!?

近臣B:あのお方はわずか十万石です。どうして天下人になれましょうか。

その他大勢:がやがやがやがや・・・・・

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秀吉

お前たちはあのチンバのことをよくわかっておらぬのだ。

わしがかつて備中高松城を攻めていたとき、右府(=信長)の訃音に接し、そのときは昼夜問わずに東へ向かい、明智を討った。それ以来、戦は大小数回にあった。

近臣ら

近臣A:・・・。
近臣B:・・・。
その他大勢:・・・・・。

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秀吉

・・・わしは戦に息が詰まるような思いに迫られ、謀略もあれやこれやと決めかねていたことも度々あったのじゃ。
そうした時あのチンバに聞くとたちまち裁断を下すのじゃ。

少し軽率なところもあって荒っぽいが、それはわしが練りに練ったものと "ことごとく" 似ていたのじゃ。

秀吉は息つく暇もなく、語り続けた。

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秀吉

また、あるときは想像を絶する意表をつくものが数回あった。
あの男の心は強く、よく人に任せて度量が広く思慮深い。これは天下に比類なきものじゃ!

わしが生きている間でも、あの男が天下を望めば、すぐにでもそれを得るであろう。

近臣ら

近臣A:・・・(ゴクリ)。

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豊臣秀吉アイコン

秀吉

わしがあの男をみていると、つまらぬ諸大名らとも親しくし、あえて偉ぶる様子もない。才智ある者とは交を結び、相手が下の者でも礼儀を欠くということもない。

頃合いをはかり、他の者に力の限り働かせる。半ば手中にした際には一気にのしかかり、一挙に手中に治めるやり口はあの男の最もすぐれているところじゃ!

と言った。

この話をある人から伝え聞いた官兵衛は次のように思った。

黒田官兵衛アイコン

官兵衛

(南無三、これはわが家の災いのもとだ。わしの頭の瘡が秀吉に狙われているのだな。
そうと知っては子孫のために将来の計をたてねばならぬな・・。)

そして文禄2年(1593年)、官兵衛は髭を剃って出家して "如水" と号したのであった。


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