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【名場面】黒田官兵衛、キレキレの自論で家康天下を予言

※『名将言行録』より

これは天下を統一した秀吉がまだ存命中、黒田官兵衛が家康の天下を予言した話である。

あるとき、官兵衛は言った。

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官兵衛

いま太閤殿下が行なっている仕方では豊臣は二代は続かぬであろう。

そして世は家康の天下になるだろう。

家臣たち

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官兵衛

太閤殿下はご自分が成りあがり、古い傍輩や主筋の者を家臣にされた。殿下は "ツン" として威厳に満ちていては人々が親しんでくれないからと、たった一人の下僕を連れただけでも諸大名らの邸に赴き、町家などへも行かれたりする。

よい拍子が聞こえるところへは参られ、茶湯には押しかけるようなことをなさる。これに家臣らが先に行って止めさせると、殿下は立腹して「遊山をすることは天下泰平のもと。それを途中で止めるのはつまらぬことじゃ。」と言ってかえって自ら踊って茶を立てたりし、下の者に対してともに親しみなつくようになされる。

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官兵衛

滝川一益などは信長公のときの威光を損なわぬようにと、人々の見舞いに行っても行儀を崩さずに物もはっきり言いだすようにするため、人々は堅苦しく感じて自然と一益から遠ざかっていった。

一方で殿下は扱いがよく、いろいろ馳走してくれるため、皆が親しみを持ち、そして自然と天下が近づいてきたのだ。

家臣たち

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官兵衛

殿下がいよいよ天下を目前にされた頃、寄ってくる者により多くの知行を与えられるので、そうした者はついつい欲のために義を失い、殿下の下知に背かぬようになる。

織田家歴々の者をはじめ、天下の諸大名でさえその通りだ。しかし、いざという時に殿下に与する者はおそらくおるまい。

家臣たち

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官兵衛

殿下が存命中は身の果報といい、武勇といい、どのようになさっても天下は治まるであろうが、子息の代になって殿下のような天下の治められようでは、ことごとく威光を失い、武功はもともとないから人々は軽んじ、再び乱世が起きる基となろう。

"それだと都合悪い" として威厳にふるまえば、「太閤殿下でさえこのようだったのに」と不満をもつ者、また、世間にはそういう窮屈なやり方に飽きる者がでてくるであろうし、その上知行や財を殿下のように与えられるようなことは無理であろう。

家臣たち

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官兵衛

そうなれば何かにつけて親しむ心はなく、大身の傍輩は先代(=秀吉のこと)からの弓矢の家々であるから、皆背いていき、世の乱れは必定となる。

年端もいかぬ幼いご子息だから、誰かがこれを守り立て、殿下の志を遂げることができようか。

殿下が天下を取ろうとしたため、人に親しみを深くされたことはもっともではあるが、天下を得た以上、いつとはなく威厳を重んじて行儀を正しくし、信と直に重きをおいて治められれば何とかなるであろう。
しかし、今のままでは二代は続くまいということだ。

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官兵衛

家康はいま天下で大身であることは当然、その身は老功で武勇の誉れは天下に並ぶものはおらぬ。
常日頃から律儀で皆から尊敬されている。また、生まれつき口不調な方だから、人が軽薄な行ないをしても無下に見下すこともなく、その者の心を汲み取って言葉にだしてあらわに喜ばれることもないので善悪ともに合わせて、家康と志を通ずる者も多い。

そうかと思えば、弓矢のことには人に口を挟ませない程の自信を持っておられる。
あるとき家康が、殿下の前で極めて容易な的を射抜いたことがあった。わしも可笑しかったが、大谷刑部(=大谷吉継のこと)が我慢しきれずに笑ってしまったとき、家康は「その方などは笑うに及ばぬ。太閤殿下へも長久手で手並みをおみせしたことのある拙者の弓だ。天下に我が弓の上手い下手を目利きできる者はいないはず。」とずばり言ってのけられたから、弓矢のことは自然と家康に一目置くようになり、人々もいつしか家康を恐れるという有様であった。

だから殿下の後の天下は必ずや家康に帰するであろう。

と。

そしてのち、世はその通りになったのである。


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