丁寧に歴史を追求した、正統派の戦国Webマガジン

【名場面】加藤清正「地震加藤」の話(1596年)

清正は朝鮮出兵で石田三成と対立したことが原因で秀吉から蟄居を命じられたが、これはその蟄居中に伏見大地震(1596年)が勃発したときの話である。

▼主な登場人物

  • 加藤清正アイコン

    加藤清正

  • 豊臣秀吉アイコン

    豊臣秀吉

  • 石田三成アイコン

    石田三成


-- 慶長元年(1596年) --
【京都伏見】

京都で大地震が勃発すると、秀吉のいる伏見城は倒壊し、圧死者が数百にも及んだ。清正はただちに兵卒二百ほどを従えて伏見城まで馳せ参じた・・・。

加藤清正アイコン

清正

殿下ーーーーー!!

清正が駆けつけると、秀吉は夫人と地べたに席を設けて座っていた。

秀吉

おお、お虎(=おとら。清正の幼名)!そちは実に早くやってきたな。

豊臣秀吉アイコン
加藤清正アイコン

清正

ご無事でしたか!!

清正は秀吉と対面すると、地図を使って朝鮮出兵時の自分の冤罪を訴え、自身の働きぶりを語った。

秀吉

そうであったか・・・。

もとは肥って色白だったお主が、朝鮮から戻ってきた今をみると、ずいぶんと黒くなってやつれてしまったのう。。

豊臣秀吉アイコン

そう言って秀吉は清正に警護にあたらせた。

しばらくすると、石田三成以下の者が馳せ参じたが、夜遅かったために入城はかなわなかった。

伝令の者

石田様ほか、門の前に多くの者が来ておるようですが・・?

家来アイコン
加藤清正アイコン

清正

なにぃ?・・・。わかった。

そして、三成がきたことを知った清正は門番に向かって・・・・

加藤清正アイコン

清正

おい!!そこの佞臣(主君にこびへつらう家来の意)の小僧っ子を入れてやれ!!!

門番たち

!!!? ははーーーー!

家来アイコン

三成

ふんっ!蟄居中でありながら・・。清正のやつめ。

石田三成アイコン

こうして清正は三成だけを特別に城内に入れたのであった。
そして翌日・・・。秀吉は清正に朝鮮での戦況などを質問しながら、涙を流していった。

秀吉

阿虎よ。そちはおむつのころからわしの側で育った。だからこうしてわしに仕えておるのだ。

豊臣秀吉アイコン

こうして清正は朝鮮での罪を許されたという。


おすすめの記事

 PAGE TOP