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竹中半兵衛の家紋と家系図:出自・家族を丸ごと解説!

半兵衛の家紋

「九枚笹」竹中半兵衛の家紋

九枚笹

「丸に九枚笹」竹中半兵衛の家紋

丸に九枚笹

「石餅」竹中半兵衛の家紋

石餅

竹中半兵衛の家紋は"九枚笹"。"笹"は竹とほぼ同じとされており、天に向かって真っすぐに伸びるという性質から、武家の家紋として好まれたらしい。また、松竹梅の1つに該当する"竹"は、中国で鳳凰の食べ物とされたことから高貴の印だったようだ。
また、半兵衛は合戦で胸に矢を受けた際、懐に入れていた餅のおかげで命拾いしたことから、幸運の印として"石餅"を家紋にしたと伝わる。

なお、笹の周りを丸で囲んだ "丸に九枚笹"は、江戸中期から後期に使用されたようである。

半兵衛の出自・家系図と一門衆

半兵衛の先祖は、一説に岩手氏の庶流であり、岩田姓を称して美濃国大野郡大御堂に住んでいたといい、竹中の姓を称したのは、永禄元年(1558)に父・重元が美濃・岩田城を奪取した後だという。

半兵衛の父母兄弟

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竹中重元

半兵衛の父。半兵衛の父。美濃国の土豪で大御堂城(美濃国大野町勾郷)の城主。美濃の戦国大名、斎藤道三と子の義龍に従い、人質として半兵衛を差し出していた。永禄元年(1558)に岩手城の岩手弾正信久を攻め取り、6千貫の領主となると、翌年には菩提山城を築城している。永禄3年(1560)、または永禄5年(1562)に病没した。
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妙海大姉

半兵衛の母。杉山久左衛門の娘。
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重行

半兵衛の兄。
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重矩(しげのり)

半兵衛の弟。兄・半兵衛とともに斎藤氏、羽柴秀吉に仕えた。半兵衛の死後は秀吉の与力となったが、本能寺の変(1582年)で信長が横死すると、美濃国で起こった一揆で戦死した。

半兵衛の妻子

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得月院

半兵衛の正室。安藤守就の娘。半兵衛との間に嫡子・重門を産んだ。
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重門(しげかど)

父・半兵衛の死後、竹中重利の後見を受けて羽柴秀吉に仕え、豊臣政権下で小田原征伐(1590年)や朝鮮出兵に参加。関ヶ原の戦い(1600年)では西軍に属し、居城・菩提山城を徳川家康に差し出し、本戦でも功をあげている。


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