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【名場面】謙信、敵に塩を送る(1568年頃)

敵に塩を送る

※ 『名将言行録』『真田三代記』より

あるとき、駿河の今川氏真のもとに武田信玄から同盟破棄の報が入った。

これまで今川・武田・北条は三国同盟を結んでそれぞれが姻戚関係にあったが、今川義元が桶狭間で討死して以降、今川家は没落の道をたどっており、こうした対外情勢の変化もあって武田と今川の間には緊張が生じていたのであった。

今川氏真アイコン

今川氏真

くっ!なんてことだ。信玄のやつめ。

すると、家老の三浦右衛門尉が氏真に進言した。

三浦右衛門尉

殿。この際ですから北条と心を合わせて、甲斐への塩を送るのを禁止されてはいかがでしょうか。
甲斐には海がなく、塩を断たれたらおそらく難儀し、それを機に戦に臨めば信玄も降参するやもしれませぬ。

家臣アイコン
今川氏真アイコン

今川氏真

む、それは名案じゃ。フォフォフォ!

こうして甲斐・信濃・上野の民たちは困り、信玄も重臣を集めて対策を練るなどの対応に追われることになった。そしてこの一件は越後の謙信のもとへも届いてきた。


-- 【越後国】--

とある上杉家臣

御屋形様!今川と北条が武田領への塩の輸送を禁止したそうです。

家臣アイコン
上杉謙信アイコン

謙信

なに?・・・それはげせんな。。

義に生きる謙信はこの一件を聞いて不快におもったのか、信玄宛てに以下の内容の手紙を書いて送った。

****
貴国への塩の差し止めの件を聞きました。
塩をたつとはなんとも卑怯なふるまいです。このようなことは末代まで武門の恥。弓矢を執って戦えぬからでしょう。
海に面した越後は塩の産地です。私は幾度でも貴公との勝敗を戦場で決しようと考えておりますので、塩は必要なだけ送りましょう。
****


-- 【甲斐国】--

謙信の書状が信玄のもとに届くと・・

武田信玄

なんと!・・・フッ、粋なことを。

武田信玄アイコン

武田の者たち

家臣A:おおお!ありがたきことじゃ。
家臣B:なんとも味方にほしい名将じゃ。

家臣アイコン

武田の者たちは皆、謙信の義に感動したという。そして、その塩は越後から信濃国へは川中島を通り、上野国へは猿ヶ京を通って運ばれ、莫大な量であったという。

「敵に塩を送る」のことわざが、このエピソードに基づくものなのは言うまでもない。


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