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【名場面:伊達政宗】演出家?小田原遅参で死装束ほか

小田原遅参での死に装束

※『伊達日記』他

これは小田原征伐の際、秀吉に参陣を求められた政宗が遅れて秀吉の元に馳せ参じたときのことである。

政宗は会津の蘆名氏を滅ぼすと、続いて出羽・白河に転戦し、小田原へ着いたときには同城を包囲してから2ヶ月もたっていた。

豊臣のとある家臣

殿下!奥羽の伊達政宗が到着したようです。

家臣アイコン

秀吉

遅すぎるわ。政宗と会うつもりはない。さがれ!

豊臣秀吉アイコン

秀吉は怒って政宗と面会もしなかった。政宗は秀吉に会えず、箱根山中に閉じこもっていた。

--数日後--

秀吉

長政と玄以よ。おぬしら政宗に会って遅れた理由を問いただせ。

豊臣秀吉アイコン

秀吉は遅延の理由を詰問するため、浅野長政・前田玄以らを使者として政宗のもとへ向かわせた。そして政宗と対面すると・・・

前田玄以

!!!!?

前田玄以アイコン

浅野や前田らは政宗の姿をみて驚いた。

政宗の姿は、甲冑の上に白い喪服を着るという「死に装束」だったのである。しかし、箱根山中での閉居中、千利休を招いて茶道を教わっていた。

--別の日--

政宗のことを聞いた秀吉は・・

秀吉

死生の境におるというのに風流を学ぶとは・・・なんとも大胆な男か。

豊臣秀吉アイコン

そう言いながら、秀吉は初めて引見することにし、政宗が挨拶に訪れた。

伊達政宗アイコン

政宗

小田原を抜かれるのも目前のこと、祝着至極に存じます。

秀吉

うむ。遅れたことは憎いが、こうして顔をあわせた以上、もう気にはせぬ。遠来の馳走に陣営をみていくがよい。

豊臣秀吉アイコン

こうして秀吉は案内のために先に立ち、1人の小姓を引き連れただけで、後ろも振り返らずに、豊臣陣営を案内した。このとき政宗には刀を持たせたままであったという。

秀吉

どうじゃ。奥羽の小競り合いとは趣がちがうであろう。今後の参考に合戦の配置をよく確認しておくがよい。

豊臣秀吉アイコン

--また別の日--

政宗は国元に以下の旨を知らせたのであった。

  • 6月9日に出仕。
  • 6月10日朝には茶の湯に召し出され、名物の茶器を拝見する。
  • 小田原の陣所は普請中。
  • 秀吉は芝生で腰かけに座り、徳川家康・前田利家ら諸将が控えていた。
  • 秀吉は「政宗、政宗」と2回読んで小田原城の見える場所で杖で地を指し、攻城の策を語る。

派手な戦装束で出陣

※『常山紀談』ほか

朝鮮出兵(文禄の役)のとき、政宗が秀吉から渡海を命じられたときのこと。

政宗の本拠は遠い東北の地のため、騎兵30騎・鉄砲100挺・槍100本という軽い軍役を課せられたが、政宗はそれをはるかに超える1000余の軍勢で東北から出発した。

--京都--

京の人々

京の人A:ん?おい!あれをみてみろ!!
京の人B:おお、なんと見事な!!
その他大勢:がやがや、わーわー

家臣アイコン

政宗の軍勢が行進してきたとき、京の人々はその姿に驚いて目を見張った。

とある家臣

殿、町の者はみな驚いて見ておりますな。

家臣アイコン
伊達政宗アイコン

政宗

フフフ。

政宗隊らが身につけていた戦装束は非常に絢爛豪華なものであった。

まず先頭に伊達家の家紋の入った旗30本を立てた兵たちが

  • 紺地に「金の丸」を付けた具足を着用
  • 刀の鞘には銀ののし付き
  • 頭には金色の尖り笠
といった出で立ちで登場。さらに続く弓・鉄砲隊も同じ姿であった。

そして馬に乗る30人が登場すると、

京の人々

京の人A:おおおおおーー!
京の人B:まぶしすぎるーー!
その他大勢:わーーーーーー!

家臣アイコン

それは、

  • 黒の上衣に、金色の半月形の浮き出た豹の皮を着る
  • を鞍の下に掛けられた、孔雀の尾や熊の皮で作った馬鎧。
  • 刀の鞘には金ののし付き
  • 頭には金色の尖り笠
という出で立ちであり、あまりの見事さに京の人々は驚いて歓声を上げたのであった。

とある家臣

と、殿!みな大歓声ですぞ!!

家臣アイコン
伊達政宗アイコン

政宗

ハッハッハ!

この異風から「伊達者」という言葉が生まれたのである。


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