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【名場面:伊達政宗】政宗の神速果敢な攻め(1587年)

※『名将言行録』より

天正15年(1587年)、最上氏の調略で伊達家臣の鮎貝忠旨が謀反をおこし、鮎貝城で兵をあげた。これを受けて政宗はすぐさま挙兵しようとしたところ、老臣たちが言った。

---政宗居城---

老臣たち

老臣A:おそらく最上から援兵が送られてくる事になるかと存じます。その上、我が家中には鮎川の他、最上と内通する者がいるとのうわさもございます。
老臣B:まずはご探索をして、兵数のご手配をなされてからご出馬するのがよろしいかと。。

家臣アイコン
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政宗

うむ。各々が申すことはもっともだが、そのように事を延ばす事も時と場合による。今は火急のときだ。
戦というものは不意をついて勝利することが往々にあり、物事は決まっているようで決まっておらぬものだ。最上から加勢があるとしても、場合によってはその時期が遅れることもあろう。小勢かもしれぬし、敵が評議している間に攻め散らすことが最も重要だ。

老臣たち

老臣A:ううっ。(すいぶんと勇んでおられるのう。)

家臣アイコン
伊達政宗アイコン

政宗

敵のはかりごとが成してからでは事は難しくなろう・・・。汝らは家中に鮎貝の他に敵と通ずる者があろうと考えておるようだが、わからぬ先の心配よりも、目の前のことをすることだ。

老臣たち

老臣A:ぐぬう・・

家臣アイコン
伊達政宗アイコン

政宗

鮎貝をそのままにして事が大きくなり、あちらこちらで家中に謀反人が出れば、一気に退治することは難しくなるであろう。時を移さずして行なうことが勇将の本望だ。早く出立せよ!

こうした政宗の命によって、急いで出陣した家臣らはやがて一騎駆けのような形で駆けつけて打ちよせ、鮎貝城への攻撃を開始。 鮎貝は最上に援軍を要請したが、援軍は誰一人として来なかったために最上領へ逃亡。こうして伊達勢は鮎貝城を奪取して帰陣したのであった。

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老臣たち

老臣A:このたびの勝利はなんとも殿のご決断によるたまものじゃな。
老臣B:うんうん、さすがというべきところじゃな。

家臣アイコン

こうして家中の者たちは、政宗の神速果敢なところに感心したのである。




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