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毛利元就の兄弟姉妹たち

元就にはどうやら8人の兄弟姉妹がいるが、まずは以下に略系図と一覧を示したのでざっくりと確認してみてほしい。

  1. 興元(実兄、おきもと、1492-1516年)
  2. 元就(もとなり、1497-1571年)
  3. 相合元綱(異母弟、もとつな、?-1524年)
  4. 北就勝(異母弟、なりかつ、?-1557年)
  5. 宮姫【武田某室】(実姉、?-?年)
  6. 女子【渋川義正室】(異母妹?、?-1577年)
  7. 相合の大方【井上元光室】(異母妹?、?-1570年)
  8. 松姫【吉川元経室】(異母妹、?-1523年)
  9. 竹姫【井原元師室】(異母妹、?-?年)

兄に毛利興元がおり、異母弟に相合元綱と北就勝がいる。この他、母は定かではないが5人の姉妹がいる。

元就の兄弟姉妹の事跡

さて、それでは次に元就の兄弟姉妹たちの事跡をそれぞれみていこう。

元就の兄弟たち

  興元(兄、おきもと)
毛利家を継ぐ嫡男であったが、父・毛利弘元と同様に25歳の若さで酒毒により急死した。これにより、毛利家の家督は子の幸松丸へ移った。

  相合元綱(異母弟、あいおう もとつな)
武勇に秀でており「今義経」の異名をもつ。毛利当主・毛利幸松丸が9歳で病死したとき、家督継承を謀って元就の暗殺を計画したが、これに気づいた元就によって討たれたという。

  北就勝(異母弟、きた なりかつ)
足が不自由であったために仏門に入ったが、のちに還俗。北氏の遺領を継いで、兄の元就から偏諱を受けて北式部少輔就勝と称した。

元就の姉妹たち

  宮姫【武田某室】(実姉)
長女で元就の同母姉にあたる。武田某の室となった。

  女子【渋川義正室】(異母妹?)
次女であり、渋川義正に嫁がれた。八幡のかみさま、小幡の上様、神辺上様などとも呼ばれる。

  相合の大方【井上元光室】(異母妹)
三女であり、元就の異母妹。井上右衛門太夫元光に嫁いだ。

  松姫【吉川元経室】(異母妹)
四女。吉川元経の継室となり、興経を産んでいる。

  竹姫【井原元師室】(異母妹)
五女。井原元師に嫁いだ。


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