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信長の元服・初陣
──天文15-16年(1546-47年)

天文15年(1546年)、吉法師は家老4人を伴って父・信秀の居城の古渡城に赴き、元服して"織田三郎信長"を名乗ることになった(『信長公記』)。
このときの元服の式では酒宴が催され、同時に加冠の式などが行なわれた。

"三郎"という名は父・信秀も称した仮名であり、"信長"の "信" という字は弾正忠系織田氏の通字である。
ちなみに一説によれば、この"信長"の命名について、これを依頼された禅僧の沢彦宗恩が、将来天下を掌握するめでたい名として選んだものであるという(『政秀寺古記』・『張州府志』)が、定かではない。

このときの信長は13歳であった。

天文16年(1547年)、元服を果たした信長はさっそく、今川義元方の三河国(愛知県)吉良の大浜城の攻略のために出陣して初陣を飾っており、このときの後見役は平手政秀が務めたという(『信長公記』)。
なお、同年には信秀は古渡城を破却して新たに末盛城を築いて居城としている(『信長公記』)。


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