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【名場面】信長の大蛇退治(1558年)

『信長公記』より

尾張国の中央清洲から五十町(約5・5キロ)ほど東に大きな堤防があり、その西側の「あまが池」という池に恐ろしい大蛇が住むという言い伝えがあった。

-- 尾張国 --

弘治4年(1558年)正月中旬、尾張の安食村福徳郷の又左衛門という者が、雨の降る夕方に「あまが池」の近くを通りかかると、太さひと抱えほどの黒い物が目に入った。

又左衛門

んんっ?なんだあれは?

家臣アイコン

その正体不明の物は胴体を堤に浸していたが、首は土手を超えており、又左衛門の足音を聞くと首を上にあげた。その姿は鹿のようであり、顔をみると眼は星のようで、人間の手の平ほどの大きさの真っ赤な舌を出して、眼と舌とを光らせていたのだ。

又左衛門

う、うわああああーー!

家臣アイコン

これをみた又左衛門は震え上がり、もと来た方へ逃げ帰っていった。

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このことが清洲城の信長の耳にはいり、一月下旬ごろに又左衛門から事情を聞き出すと、

織田信長アイコン

織田信長

では明日、堤の水替えをしてみよう。

ということで触れを出し、比良の郷・大野木村・高田五郷・安食村・味鏡村の農民たちに水替え桶・鋤(すき)・鍬(くわ)を持って集まるように命令した。

当日、農民らが集まると、池の周囲に数百の桶を並べ、池の四方から水のくみ上げに取り掛かった。そして4時間ほどで池の水が7割ほどになったが、それ以降はいくら掻きだしても同じ状況であった。

そこで信長は声をかけた。

織田信長アイコン

織田信長

水中に入って大蛇を探すぞ。

そう言って信長は裸になり、脇差を口にくわえて池に入ったが、やがて水面に顔を出した。大蛇らしいものは見つからなかった。

織田信長アイコン

織田信長

鵜左衛門、おぬしも入ってみよ!

泳ぎの達者な鵜左衛門も池にもぐらせて探させたが、結局大蛇らしきものは見つからなかった。

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実はこの頃、佐々成政が信長に逆心を抱いているとのうわさがあった。そして成政の居城・比良城は「あまが池」の近くにあった。

佐々成政

うう、まさかここに立ち寄ってこんだろうか・・

佐々成政アイコン

成政はこのとき重病と偽って参加しなかったのだが、信長がついでに比良城に立ち寄って来て、切腹を言いわたされるのではないかと心配していたのである。そして、もし信長が立ち寄ってきた際には討ち取ろうと、家臣と申し合わせていたという。

信長は運が強い男であり、結局、あまが池からどこへも立ち寄らずに清洲城へ帰ったということである。


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