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【名場面】婚姻戦略で信玄にマメに使者を遣わす(1567年)

※『名将言行録』より

永禄10年(1567年)11月、信長が嫡男・織田信忠の嫁を迎えるため、織田掃部助(かもんのすけ)を使者として武田信玄のもとへ遣わし、7歳になる信玄の娘との縁談を申し出たときのことである。

-- 甲斐国・信玄の居城にて --

織田掃部助アイコン

織田掃部助

かくかくしかじか・・・というわけでございます。

武田信玄

うむ。貴公の話はわかった。

武田信玄アイコン

武田重臣ら

重臣A:お屋形様。信長の行動をみるに、その志は実に遠大のように存じます。
重臣B:信長はいま重ねて縁を求めておりますが、腹の内がみえませぬ。
重臣C:ここはお許しにならぬほうがよいかと・・

家臣アイコン

武田信玄

信長がわしに親しみを請うのは偽りではなかろう。信長がわしに贈った箱を削ってみると、特別に地が堅くて蒔絵も念が入っておる・・。勝頼を縁者にする2年前と比べて少しも変わっておらぬ。

武田信玄アイコン

信玄はそう言い、信長から毎年贈られてきた唐櫃(からびつ)を取り出してみせた。

武田重臣ら

重臣A:おお!
重臣B:むう・・たしかにお屋形様のおっしゃるとおり・・。
重臣C:たいした念の入れようじゃ・・

家臣アイコン

武田信玄

人の真偽は音信で知れるものじゃ。1度や2度の念入れならともかく、このように何度も十分に念を入れるというこの気配り様は小身の者でさえできぬことじゃ。ましてや国持ちならば、わしも信長も忙しく年々このように気配りすることなどできぬもの・・。

武田信玄アイコン

武田信玄

ところが信長は1年に7度かならず遣いを寄こしてきておる。それもこちらから使いを遣わすなら、その返報もあるだろうが、2年に1度もこちらからは使者をだしておらぬのに・・。
親や主にでもする様にこうして念入れにやるからには、わしらと縁者になりたい信長の心は一層真実であろう。

武田信玄アイコン

信玄はそう言って縁談を受け入れた。信長の気遣いはこのように非常に丁寧な念の入れ様だったのである。


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