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【名場面:織田信長】浅井は代々誉れ高き家柄だ!(1568年)

※『名将言行録』より

永禄11年(1568年)に信長が浅井長政らとともに足利義昭を奉じて上洛を果たし、長政と仮御所の二条城を築いたとき、小さなことがきっかけで織田方と浅井方との間で抗争が起こり、織田方560人、浅井方350人が死ぬ事件があった。

---京都---

この事件の後、柴田勝家と森可成が前にでて言った。

柴田勝家

殿ーーー!! 一大事でございます!

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信長

騒がしいな、一体どうしたのだ?

柴田勝家

申し上げます。浅井の者らがかくかくしかじか・・・・というように狼藉におよびましたゆえ、なにとぞお咎めなさいますように。

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信長

備前守(=長政)はそのような狼藉はせぬであろう。わしがこの争いを考えるに、上洛の途中で箕作城(みつくりじょう)を攻めたろう。。その際に浅井の者らがことのほか鈍かったことを、我が家中の者らが侮って悪口をたたいたのであろう。

柴田勝家

うっ;(す、するどい・・)

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信長

だから浅井の者らも腹を立てて、このような振る舞いとなったのであろう。

森可成

し、しかし・・・

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信長

浅井は代々弓矢の誉れ高き家だ。今後、浅井の者らにつまらぬことを言いかけて、恨みを買うようなことはするでないぞ!

柴田勝家

ぐ、ぐぬぬぬう・・・・・。

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こうして柴田勝家と森可成は返す言葉もなく、退出したのであった。そしてこの一件は信長の推察どおりであったという。


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