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柴田勝家の家紋・家系図

家紋

柴田勝家の家紋(二雁金)
二雁金(にかりがね)

柴田勝家が使用していたとされる家紋。

柴田勝家の家紋(丸に二雁金)
丸に二雁金(まるににかりがね)

江戸時代の記録に残る柴田氏の家紋。


家系図

柴田勝家の父母

父は柴田勝義(しばた かつよし)というが定かではない。母は不明。

柴田勝家の兄弟

2人の姉と1人の妹がいる。

女子(長姉)
吉田次兵衛に嫁いでいる。
女子(次姉)
佐久間盛次に嫁いでいる。
女子(妹)
一説に柴田勝敏の母。

柴田勝家の妻子

正室に信長の妹・お市の方(おいちのかた)がいる。

お市の方(正室)

1年にも足らない夫婦生活であったため、勝家との間に子はいない。実子のなかった勝家は何人かの養子を迎えたと伝わる。

  • 勝敏(かつとし)
    勝家から通称の権六を与えられている。母は柴田勝家の妹という説がある。他に勝家の実子という説もある。賤ヶ岳の戦い(1583年)の後、秀吉軍に捕えられて処刑された。
  • 勝政(かつまさ)
    父は佐久間盛次で母は柴田勝家の姉、もしくは妹とされる。賤ヶ岳の戦いで討死したとも、四国に落ち延びたとも伝わる。子に柴田勝重、柴田勝次がいる。
  • 勝豊(かつとよ)
    勝家の家臣・吉田次兵衛の子。母は柴田勝家の姉とされる。信長死後に清洲会議で勝家の所領となった近江国・長浜城の守備を任されたが、秀吉に攻め込まれると大谷吉継の調略を受けて秀吉方に寝返った。
    賤ヶ岳の戦いの直前にて病死した。
  • 女子
    北条家臣・高城胤則に嫁いだ。


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