あなたの好きな戦国武将が詳しく丸ごと早わかり! 最大級の戦国まとめサイト

【名場面:織田信長】長篠合戦にまつわる話2本(1575年)

練雲雀(ねりひばり)

※『名将言行録』より

長篠の戦いのとき、信長は言った。

---三河国長篠の地---

織田信長アイコン

信長

武田の家中の者どもはよく馬を乗りこなして敵陣を突破するということを聞いておる。だからまずは備え(=隊)の前に柵をつくれ!

こうして信長は勝頼との一戦に向けて馬防柵を構築し、迎撃する策をとった。そして家康に言った。

織田信長アイコン

信長

徳川殿。勝頼は長年の敵であるからと、こたびこそはと思って深入りし、討死されることもあろう。
万が一にも徳川殿に討死などされては、この戦いに勝っても仕方のないこと。

徳川家康アイコン

家康

むむう・・

織田信長アイコン

信長

ともかく徳川殿は今日は仏にでもなられ、いろいろとお構いにならぬよう、一切のことは我らにまかせておかれますように。
こたびの戦では武田の者どもを練雲雀のようにしてご覧にいれましょうぞ。

徳川家康アイコン

家康

ハハハ。それは頼もしきことですな。かたじけない。。

練雲雀とは6月ごろ毛の抜け変わった衰えた雲雀(ひばり)のことである。やがて武田軍との一戦が始まった。

--------

武田勝頼

いざ、出陣じゃーーー!

武田勝頼アイコン

武田家臣ら

武田家臣ら:おおおーーーーーっ!

家臣アイコン

こうして戦がはじまり、武田の軍勢が川を渡ってきた。

信長軍は前々から準備してあったので、足軽どもを前に出させて鉄砲で応戦させ、武田軍が強く押し寄せてくれば柵の内側に退かせた。
そして敵が柵を乗り崩そうと群れをなして一度に乗りかかると、柵の柱に当たって突破できずにいるところを鉄砲で撃ちつけ、5騎・10騎ずつと撃ち落としていった。

こうした織田軍の戦法を前に武田方は次第にくたびれ、信長が先に言ったとおり、練雲雀のようになったのを見計らい、信長は下知した。

織田信長アイコン

信長

ちょうどよい時分だ。かかれ!

こうして旗本衆が柵を越えて一斉にかかり、勝頼は大敗となったのである。


美濃の者

※『名将言行録』より

長篠の戦いである敵将を生け捕りにした。その将の赤地緞子の下帯という異様な姿が信長の目に止まった。

織田信長アイコン

信長

お主は何者だ?名はなんと申す?

生け捕りの敵将

・・・・・。

家臣アイコン
徳川家康アイコン

家康

腹を切らせるから名のるのだ!

生け捕りの敵将

・・・・。多田久蔵と申す。

家臣アイコン

久蔵はかつて武田信玄に仕えた足軽大将・多田三八郎の子であった。その多田三八郎は29もの武功を挙げ、全身に27もの傷をもつ猛将であったのである。

織田信長アイコン

信長

む!汝は美濃の者だろう。わが軍に入れ!

生け捕りの敵将

一度縄にかけられましたうえは、どうしてご奉公できましょうか。

家臣アイコン
織田信長アイコン

信長

昔、源 義平は縄にかけられたが、今は誉れの名を残しておる。気にせずともよい。

信長はそう言って縄を解かせたのであった。

その後、物かげでさわがしい音がした。

織田信長アイコン

信長

何事だ!!

家臣アイコン

とある家臣

先程の者の縄を解きましたところ、長柄を取って3人も突き殺したので、即刻討ち取りました。

織田信長アイコン

信長

なに!?
・・・一度縄をかけた辱めをそそごうとして、このようなことをしたのだろう。たとえ徒若党などを突き殺しても、生かしておいてやったものを。。

信長はその者の死を惜しんだのであった。


  織田信長の名言・逸話まとめ

  名シーン再現集一覧をみる

あわせて読みたい

 PAGE TOP