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【第9回】亀之丞が帰還、元服して「井伊直親」へ(1550-59年)

三国同盟

駿河・遠江に加えて三河をも支配した今川義元は、さらなる領土拡大に向け、事を着々と進めていった。

天文19年(1550年)には義元夫人が死去、武田と今川の姻戚関係が一時断たれることになったがその後、今川・武田・北条の間で姻戚関係が次々と成立していく。

天文21年(1552年)11月に義元の娘が武田信玄の嫡男(義信)に嫁いで今川・武田間の同盟関係が保たれると、翌天文22年(1553年)の正月には北条氏康の嫡男(氏政)が武田信玄の娘(黄梅院)が婚姻することになった。

さらに天文23年(1554年)3月には義元嫡男の今川氏真が北条氏康の娘(早川殿)を娶ったことで今川・武田・北条の三国のそれぞれが姻戚関係となったのである。

これがいわゆる"甲相駿三国同盟"であり、義元の右腕である太原雪斎が裏で糸を引いて尽力したとみられている。

これにより、義元と雪斎は西方の尾張国への侵攻に専念できるようになったのである。

亀之丞の帰還

こうした中、井伊家では同年の8月に家老の小野政直が病死。信濃へ逃亡した亀之丞と家臣の今村藤七郎正實の潜伏生活はもうすぐ10年にもなろうとしていた。

亀之丞が逃亡生活を余儀なくされているのはそもそも政直による義元への讒言があったからであり、それによって父・直満が謀反人として殺害、亀之丞もその子として追われていたのである。
政直は亀之丞にとっていわば仇敵であったが、その死によってようやく亀之丞は帰国のときを迎えることになったのである。

『寛政重修諸家譜』や『井伊家遠州渋川村古跡事』等の史料によれば、小野政直の死後、直盛は亀之丞と今村藤七郎のいる信濃へ使者を派遣し、彼らを呼びもどして帰国させた。

直盛が小野政直の生前に亀之丞を戻すことができなかったということは、今川家寄りであった政直の力を恐れていたようにもみえる。亀之丞らは弘治元年(1555年)2月に帰国して東光院に滞在し、3月3日に寺を出て井伊谷へ到着したという。

亀之丞が元服、結婚へ

直盛は亀之丞を戻すことに必死だったようである。亀之丞の帰国前後に駿府の義元にひたすら嘆き訴えたようであり、義元の許可をもらってすぐに亀之丞を養子にした。

このとき亀之丞は既に21歳となっており、まもなく元服して "井伊直親" と名乗り、奥山朝利の娘と結婚したという。

直虎はこのとき出家していたからなのか、亀之丞との結婚は叶わなかったが、直盛にとっては後継者を得たことで最悪の井伊家断絶というシナリオは免れた。

亀之丞らの結婚時期については特に史料にないが、おそらく元服後まもないのではないだろうか。ちなみに2人の子に虎松(のちの井伊直政)が生まれるのは亀之丞が帰国してから約6年後である。

ところで、直盛が奥山朝利の娘を嫁に迎えたのは一体なぜであろうか。
それは奥山氏が井伊氏一門で最も力があり、直盛がその力を必要としていたからだと考えられているようだ。

ちなみにこの奥山朝利の娘(大河ドラマ:おんな城主直虎でいうところの「しの」)の事績はほとんどない。わかっているのは井伊直政の生母であることと、のちに直親と死別して浜松在の武士・松下源太郎清景と再婚することくらいである。

舞台は桶狭間へ

亀之丞が元服したころ、一方では竹千代(のちの家康)も元服し、義元の"元"の一字をもらい受けて "松平次郎三郎元信" と称すようになっていた。
このとき14歳であったが、彼は人質として駿府に入った後はかつての義元がそうであったように太原雪斎から教えを受けて立派に成長していたのだ。しかし、その雪斎は同年に亡くなってしまった。

元信(=家康)はその2年後、弘治3年(1557年)瀬名姫(=築山殿)を正室として迎え入れている。

さて、今川氏の次のターゲットである尾張国では、あの 織田信長が頭角をあらわしていた。信長は父・信秀亡き後、家中の混乱を収めて尾張統一に近づきつつあったのだ。

そして永禄2年(1559年)、信長は上洛して将軍義輝に謁見し、尾張統一をほぼ成し遂げたことを報告した。一方で義元はこのころ嫡子・氏真に家督を譲っている。

義元にとって運命の日となった桶狭間合戦がすぐそこまで迫ってきていた。その日は井伊家にとっても大きな痛手となるのである。


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