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【第11回】虎松誕生と松平元康(家康)の独立(1560-62年)

桶狭間で今川義元・井伊直盛らが討死したことで、井伊氏を取り巻く環境が大きく動き出す。

直盛の遺言

実は直盛が桶狭間の戦いで討死する直前、すなわち切腹の際に井伊一門の奥山孫市郎に遺言を残していたという。

その遺言が『井伊家伝記』に残されているので、整理して以下に示そう。

  • 孫市郎が介錯を務め、(直盛)の遺骸は持ち帰って南渓和尚に葬儀を依頼すること。
  • 若い直親と小野但馬守(政次)だけに井伊家の今後のことを任せるのは心配なため、一族の中野信濃守直由を直親の後見役とすること。
  • 中野信濃守直由を井伊谷城の城代とし、その間の井伊氏の家政は小野但馬守が守ること。
  • やがて時期が来たら直由を引馬に移すこと。

こうしてみると直盛は中野信濃守直由に厚い信頼をよせていたようだ。彼は井伊氏の一門で、同史料内でも家老と表現されている井伊氏の重臣であり、のちに井伊領を守ることになるキーマンである。

ここで一旦、井伊氏の人物相関を整理してみることにしよう。

上記の図で取消線のある人物は桶狭間後の時点で既に他界していることを示している。桶狭間後の井伊氏は直親が中心となるのである。
ちなみに直盛死後の井伊氏は、養子となっていた直親が家督継承したとされているが、諸史料にはその記録がなく、また、直親の発給文書も残っていないようである。

なお、桶狭間後の年末(または翌年末)には奥山朝利が小野政次に暗殺されたと伝わる(『龍潭寺文書』『井伊年譜』)。

松平元康の独立

一方で松平元康(のちの家康)は桶狭間の敗戦のとき、どうしたのであろうか?

義元本陣が織田勢力に攻撃されたとき、元康は大高城の守備についていたことで難を逃れていた。そして義元討死の報を知って今川全軍が撤退をはじめると、元康は岡崎城にいた今川勢もすべて駿府に引きあげるのを確認してから同城へ入城している。

岡崎城は元々、元康の一族・松平氏の居城であったが、元康の父・松平広忠が殺害されたのちに今川氏の支城として城代(今川家臣)が置かれていたのである。

元康は幼少時代に今川の人質として岡崎を発ってからずっと駿府にいたため、ようやく(約12年ぶり)本来の居城に戻ってこれたということになる。これは元康が今川氏からの独立を視野にいれての行動だったとの見方もある。

今川氏では義元亡きあと、後継者となった今川氏真が敗戦処理に追われており、元康は弔い合戦を進言したものの、結局氏真は軍事行動を起こすことはなかった。

元康はこの後、西三河の制圧のために尾張の国境付近において、桶狭間の翌永禄4年(1561年)2月頃まで織田信長と度々交戦しているが、その後まもなく和睦している。

虎松(のちの井伊直政)の誕生

こうした中、遠江国井伊谷では同年3月、直親にようやく後継者が誕生した。

直親が奥山朝利の娘を娶ってからすでに6年も経っていたので、待望の男児であった。幼名は「虎松」、のちに家康に仕えて彦根初代藩主にまでなるという異例の大出世を果たした井伊直政である。

今川氏と松平氏が決裂

元康がついに今川家から離反する。元康がいつごろ離反したのかは定かではないが、同年(1561年)4月から元康が今川を攻めている(牛久保合戦)ことから、それ以前ということになるであろう。

元康は信長と和睦したことで、三河統一に向けて本格的に動き出したのである。

元康に裏切られた氏真は自身の文書で、これを「松平蔵人逆心」とか「岡崎逆心」などと記している。その後の元康と氏真は同年5月、7月、8月、10月など度々交戦。これに三河の国人衆らの間で動揺が生じ、今川から松平方に転じる動きが広がっていくのである(三州錯乱)

妻子の奪還

今川からの独立を果たした元康だが、正室の築山殿・長男の竹千代(のちの信康)・長女亀姫の3人はいまだ駿府に置かれていため、彼らを救出する必要があった。
氏真が築山殿らを殺さないでいたのは、築山殿が父・義元の姪であったからであろう。

こうした中、元康は人質交換による救出作戦を練り、翌永禄5年(1562年)2月、元康は鵜殿長照の居城・西之郡之城(同蒲郡市)を攻め、長照の子・氏長と氏次の2人を生け捕りにした。
氏真にとって長照の妻(父・義元の妹)が従兄弟にあたったため、人質交換で築山殿ら妻子を無事に救出されたのであった。

こうして元康と氏真は東三河を巡って対立したが、元康優勢で徐々に三河の今川領地は松平色に染まっていき、それだけでなく同年末頃からは井伊氏の遠江国にも国人衆の混乱が波及していくことになる。


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