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武田信繁

武田信繁(たけだ のぶしげ、1525-1561年)は甲斐武田当主・武田信虎の子であり、武田信玄の同母弟。


経歴

幼少期には兄・晴信(のちの信玄)を差し置いて家督を譲ろうとされるほど、父・信虎から寵愛されたといい、兄・晴信が家督を継いだ際には、御一門衆の中で成人とみなし得る立場とされたという。

諏訪侵攻(1542年)、および、高遠頼継の反乱の鎮圧の際には早くも大将を務めたといい、諏訪を制圧した後は諏訪衆を同心として付属させられ、また、礼状の発給や上位の通達、恩賞の付与なども行なっている。

武田二十四将においては武田の副大将として位置づけられた将であったが、惜しくも上杉謙信との最大の激闘となった第四次川中島の戦い(1561年)で討ち死にした。

武田信繁の略年表

  • 1525年(大永5年)、誕生。
  • 1542年(天文11年)、諏訪侵攻、および、高遠頼継の反乱で大将を務める。
  • 1544年(天文13年)、信虎の高野山参詣に際して宿坊となった引導院への礼状を発給する。
  • 1551年(天文20年)、村上攻めのため先衆として出陣。
  • 1553年(天文22年4月)、甲斐衆今井岩見守に対して苅屋原城主任命の通達、秋山虎繁への上位通達を行なう。
  • 1561年(永禄4年9月10日)、第4次川中島の戦いで討死。


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