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【名場面】真田大助、静かに殉死の時を待つ(1615年)

大阪夏の陣(1615年)での決戦・天王寺の戦いを前に、父・幸村に豊臣秀頼の側に仕えるように命じられ、しぶしぶ大阪城へ戻った真田大助。

その最終決戦では豊臣方が敗北し、幸村も討ち死にし、大阪城も裏切り者の放火によって建物のほとんどが焼け落ちていた。

これは大阪城陥落寸前の真田大助の不憫な様子を伝えた話である。
※『武辺咄聞書』『大阪御陣覚書』より

▼主な登場人物

  • 真田大助アイコン

    真田大助

  • 家来アイコン

    原貞胤


大阪城が炎に包まれてまもなく陥落という中、秀頼と淀殿は焼け残りの土蔵に潜んでおり、大助も秀頼の側に仕えて警固していた。

---慶長20年(1615年)5月7日---
【落城寸前の大阪城】

速水守久

真田は豊臣譜代ではなく、牢人なのだから、貴殿は秀頼様の行く末を見届けなくてもよいのだぞ。

家来アイコン
真田大助アイコン

大助

・・・・・。

速水守久

譜代の人々ですら逃げて行ったのだから、ここを早く立ち去ったほうがよい。

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真田大助アイコン

大助

・・・・・。

父から「自分は戦死するが、お前は秀頼公の最期のお供をせよ」と言い渡されております。

大助は一言だけ返答し、その後はただ黙っていた。

しばらくして、豊臣の敗兵が落ち延びて大阪城へ次々と戻ってきた。大助はいてもたってもいられず、豊臣の敗兵に幸村の行方を聞きまわった。

真田大助アイコン

大助

あの・・真田左衛門がどうなったか知りませんか?

とある豊臣の敗兵

はあ・・・はあ・・・。

・・真田殿のせがれか。すまぬが行方はわからぬ。

家来アイコン

そしてようやく幸村の最期を知っている兵に出会い、その討ち死にの知らせを聞くと・・・。

真田大助アイコン

大助

ううっ・・。
ううううっ・・・・・。

大助はうなだれて涙をこらえ、その後は黙って母・大谷夫人から与えられた水晶を取り出し、念仏を唱えはじめた。

城内の豊臣の者たち

・・なんともかわいそうに。

・・どうしてあげられることもできんのう。。

家来アイコン

周囲の者は皆、大助を不憫に思い、これに速水守久が大助のそばにきて声をかけた。

速水守久

貴殿は一昨日の戦い(道明寺の戦い)で高股に負傷している。秀頼公はまもなく和談となって助命され、ここから出られるであろうから、貴殿は早々に立ち去るがよい。

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大助

なむあびだぶつ・・・なむあみだぶつ・・・ぶつぶつぶつ・・・。

守久は人を添えて徳川方の真田信吉の陣まで送り届けようと諭したが、大助はこれに全く応じず、ただひたすらに念仏を唱え続けていた。

櫓の中は多くの人で混雑していたため、大助は外の広い庭に藁(わら)を敷き、前日の昼から食事もせず、静かに秀頼に殉死するときを待っていた。

城内の豊臣の者たち

ううっ。。ううううっ。

家来アイコン

そのあまりにも不憫な姿に皆、涙を流したのであった。


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