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竹林院

竹林院(ちくりんいん、?-1649年)は豊臣政権下の有力奉行・大谷吉継の娘。秀吉の上意によって真田幸村の正室として嫁いだという。


経歴

真田幸村との結婚の時期は定かではない。豊臣政権下において、父・大谷吉継が1594年(文禄3年)から数年は病に臥して政権を離脱していたことから、幸村との結婚はそれ以前である可能性が高いとみられている。

関ヶ原合戦(1600年)直前には大阪で父に保護されている。戦後は昌幸・幸村父子の高野山追放に同行したとされているが、高野山は女人禁制であったため、幸村が山麓の九度山に移ったときに合流したと考えられている。

この九度山において幸村との間に嫡男・大助、次男・大八、六女・阿菖蒲、七女・おかねを儲けた。また、蟄居生活で貧しい暮らしを強いられていた中、真田紐を考案して家臣らに行商させて生計を支えたという。

幸村が大坂の陣で豊臣の将として招かれた際、ともに大阪城入りした。大阪夏の陣(1615年)で豊臣が滅ぼされた際には子女を連れて大阪城を脱出したが、まもなくして紀伊国に身を潜めていたところで紀州藩主・浅野長晟に捕えられ、家康に引き渡された。その後は赦免され、京で余生を過ごしたとされている。


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