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【名場面】昌幸、上田城内に敵将を通す(1600年)

1600年(慶長5年)、第二次上田合戦で真田昌幸らと徳川秀忠軍と戦っている中、徳川秀忠が「冠が岳」にいる先陣へ連絡をとるため、家臣・島田兵四郎 という者に使いを命じたときの話である。
※『名将言行録』より

▼主な登場人物

  • 真田昌幸アイコン

    真田昌幸

  • 家来アイコン

    徳川家臣・島田兵四郎


---1600年(慶長5年)---
【信濃国・上田城】

秀忠の命を受けた島田兵四郎は地理に疎く、先陣への連絡に上田城の周りを通るのでは時間がかかりすぎると思った。
そこで兵四郎は馬で敵城の上田城の大手門前まで乗りつけ、真田兵に向かって大声で叫んだ。

兵四郎

それがしは江戸中納言(=秀忠)の家来の島田兵四郎という者だ。

君命を帯びて、我が先陣の「冠が岳」へ急いで連絡に行きたいので、どうか城内をお通し願いたい!

家来アイコン
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真田兵たち

なんだあ?

あの者は一体なにを言っているんだ。

真田兵たちはびっくりしたが、とにかく城主の昌幸に事の次第を報告した。

真田昌幸アイコン

真田昌幸

はあ・・。それは誠か?

なんと肝っ玉のすわった奴じゃ。その勇ましさには感服じゃ。もし通さなければこちらの料簡の狭さとなるであろうから、門を開いて通してやれい!

こうして上田城の大手門は開かれ、兵四郎は城内を馬で駆け抜けて裏の搦手門まで行くと再び叫んだ。

兵四郎

どうか帰りの際にも城内をお通し下され!

家来アイコン

そう言って兵四郎は先陣のところに向かい、連絡を終えた。そして再び上田城の搦手門まで戻ってくると、また門番に頼んだのであった。
これに昌幸は感服し、兵四郎を引見した。

真田昌幸アイコン

真田昌幸

そなたが兵四郎と申す者か?

先程はよくぞ申したな!感服しきりじゃ。
そなたは城を通ったから、我が城内の要害を目に収めたことであろう。それは城攻めに役立つようにみえるが、要害というものは城の本当の固めではない。真の要害大将の心の中にあるものよ。

兵四郎

なるほど・・・

家来アイコン

そうして昌幸は兵四郎に城内を見せたのであった。兵四郎は昌幸に礼を述べ、自陣に戻ると秀忠にこれを復命した。

この話を聞いた人々は言った。「道を借りる武士も武士なら、それを貸す大将も大将だ。昔からこんな事は聞いたことがない。珍事であり、英雄の行為だ」と。


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