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【名場面】幸村、家康の誘いを拒む(1614年)

大阪冬の陣(1614年)が幕を開け、真田丸の戦いでは幸村が徳川方を次々と撃退して大阪城によせつけない活躍をしていた頃、幸村の叔父・真田信尹が訪れてきた時の話である。

▼主な登場人物

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    真田幸村

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    徳川家康

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    真田信尹


-- 1615年(慶長20年) --
【大阪城】

真田丸の戦いの最中、徳川方についている信尹が幸村の元へ訪れた。

真田信尹

フォフォフォ。久しぶりじゃのう、源次郎。

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幸村

・・叔父上、ご無沙汰しております。本日はどういった用件で参られたのでございますか?
(わざわざ危険を賭してくるとは。大体察しがつくな・・。)

真田信尹

そなたの働きは我らが徳川陣営にも伝わっておるぞよ。大御所様(=家康)も敵ながらとそなたの策に感服しておる様子じゃ。

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幸村

・・・どういうことでございますか?
(やはりそうきたか・・)

真田信尹

フォフォ。率直に申そう・・。大御所様に仕えぬか?

大御所様はそちをとても高く評価しておる。もし仕えてくれるなら信濃国三万石を遣わすと仰せじゃ。いかがなものじゃ?

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幸村

一族の誼みをもっておいでいただきましたこと、誠にかたじけなく存じます。
しかし、それがしは関ヶ原の役からは家康公とは御敵となり、その後は高野山で落ちぶれて草臥れていました。それが秀頼公にこうして召し出されて今に至るです。

それ故、それがしは秀頼公との約束を破って家康公に仕えることはできません。

真田信尹

武士とは忠義によって身を立てるもの・・。これを破ることは道理にはずれることじゃ。しかし、わしも大御所様への忠義でこうしてそなたを誘っているのじゃよ・・・。

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こうして信尹は家康の元へ帰り、そのいきさつを復命した。

家康

ほほう・・・。そういうことであれば致し方ないのう。しかし、誠に惜しい武人じゃ。

・・信尹よ。命を救いたいという、このわしの思いを伝え、信濃一国を遣わすことで仕えるように再びたずねて参れ。

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家康の命をうけた信尹は再び、幸村のところへ赴き、説得にあたった。そしてこれを伝え聞いた幸村は・・・

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幸村

家康公のお言葉、誠にありがたきことです。しかし、それがしにはどれ程の領地を賜ろうとも秀頼様を裏切ることはありません。

真田信尹

なにゆえに・・?

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幸村

それがしは・・はじめから討死覚悟で臨んでおります。

秀頼様への忠義、そして武士として、一族としての誇りがあるのです。
叔父上、これ以上のことは・・・。もう会うこともございませぬ。このままお引き取り下され。

真田信尹

もうなにも言うまい・・・。

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信尹は涙して幸村と別れ、家康の元に戻り、すべてを伝えた。すると家康は・・

家康

なんとあわれな。筋の通った性分か。まさに日本一の勇士じゃ。安房守(=昌幸)にも劣らぬ男じゃ。

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こう言って称賛したのであった。


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