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高梨内記

高梨内記(たかなし ないき、?-1615年)は真田家の家臣。


経歴

高梨政頼の子供か子孫といい、高梨政頼の妹、または娘が真田信綱に嫁いだのが縁で真田家へ仕えたと伝わっている。

また、娘は幸村の側室、さらに嫡男・采女は幸村の乳兄弟とされており、内記は幸村の傅役であったという可能性が高いと考えられている。娘は幸村との間に三女・阿梅と四女・あぐりをもうけている。

真田昌幸が徳川方を撃退した第一次上田合戦(1585年)で功を立て、第二次上田合戦(1600年)後に昌幸・幸村父子が高野山へ追放になった際にはこれに付き従い、九度山蟄居中に昌幸が没した後も、幸村とともに九度山に残った。

その後、大阪の陣(1614-15年)では幸村の大阪入城に付き従い、大阪夏の陣(1615年)で討ち死にした。


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