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【名場面】幸村、甥・信吉の陣を訪れて一時の休息(1615年)

1615年(慶長20年)、大阪冬の陣は豊臣と徳川の和睦の成立によって終了し、のちに大阪夏の陣が起きるまで束の間の休息となった。

この和睦成立後のある夜、幸村が甥の真田信吉(信之の長男)の陣を訪れた時の話である。
※『翁物語』より

▼主な登場人物

  • 真田幸村アイコン

    真田幸村

  • 家来アイコン

    真田信吉


信吉は父・信之の代わりに真田藩士を率いて大阪冬の陣に参陣しており、徳川幕府軍による大阪城包囲の一翼を担っていた。

豊臣と徳川が和睦すると、幸村は信吉の陣にやってきた。
信吉はこのときまだ19歳であり、叔父の幸村と会うのは幼少のころ以来の事であった。

---1615年(慶長20年)---
【大阪城近く、真田信吉の陣所】

信吉家臣ら

幸村様がお越しになられたぞ!!

・・がやがやがやがや・・

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そして、幸村はいかにも信吉の叔父といった貫禄で上座に座った。

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幸村

お主が信吉か・・・?

これはすいぶんと大きく立派になったものだな!

信吉

叔父上。大変おひさしゅうございます。 (・・といっても叔父上の事、ほとんど覚えていないんだけど。。)

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真田幸村アイコン

幸村

お主がまだ4歳の時に会って以来だったかな・・。

まさかこんなに立派で優れた男になっていたとは。伊豆守殿(=真田信之)が年老いても心配なかろう。

信吉

それがしにはもったいないお言葉でございます(ニヤリ)。

こたびは城から離れた真田丸を守備して誠に御苦労様です。御扱い(=和睦)にならなかったら危ないところでしたね。

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幸村

そうだな・・。徳川のあれだけの大軍に攻め立てられたら、敵うわけがあるまいな。
しかし、それがしも最初から覚悟を決めておる。そうやすやすとやられるわけにもいかない。

信吉

・・・・。
(我が父上にも劣らない大したお方だ。)

家来アイコン

そうこう話をしていると、やがて盃が出てきた。

そして幸村は老臣の矢沢但馬守頼幸(=矢沢三十郎)、木村土佐守綱茂、半田筑後守、大熊伯耆守の四人を呼び出して一緒に酒を飲んで、城へ戻ったのであった。


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