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【名場面】幸村、大阪再戦を前に旧友と今生の別れ(1615年)

幸村には武田の旧臣で原貞胤(はら さだたね)という旧友がいた。

大阪冬の陣の後の和睦期間中、徳川との再戦で討ち死を覚悟している幸村が貞胤を招待し、色々とご馳走をした時の話である。
※『武林雑話』『旧伝集』より

▼主な登場人物

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    真田幸村

  • 家来アイコン

    原貞胤


幸村の旧友・原貞胤は大阪の陣では徳川方の越前松平軍に属しており、松平忠直の使番(=伝令・巡視の役目)を務めていた。
幸村は徳川との和睦期間中にその貞胤を招待したのであった。

---1615年(慶長20年)---
【大阪城】

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幸村

はっはっは!よいぞ大助ーー!

原貞胤

・・・。

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幸村は小鼓を取り出して嫡男・大助に曲舞(くせまい)を舞わせた後、茶を点じて貞胤をもてなした。

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幸村

こたびの戦で討ち死覚悟していたところが、思いがけず和談となって今日まで生き長らえ、2度お目にかかれたのはうれしゅうございます。

不肖ながら一方の大将を仰せつかったこと、今生の思い出であり、死後の面目と存じます。

原貞胤

・・・。

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幸村

御和睦も一時のこと。おそらくまた戦いが始まるかと・・。

さすれば我が父子は一両年中に討ち死を遂げることになりましょう。

原貞胤

・・・。

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そして幸村は床に飾られている鹿の角打った兜を指し、続けて言った。

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幸村

貞胤殿・・。これをご覧くだされ。

これは真田代々の宝ですが、父・安房守から我らに伝えられました。

原貞胤

!?

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幸村

最後の戦いにはこの兜を着けて討ち死いたしましょう。
戦場でもしこの兜を見たら、我らの首とおぼしめして、一遍の御回向をお願いします。

原貞胤

・・・。
(うう~・・・)

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幸村

主君のために討ち死するのは武士の習わしですが、大助はこれぞと思う事にも会わず、一生浪人で15歳になるのが早いか、戦場のコケと埋もれること、誠に不憫でございます。

原貞胤

・・・。
(うおお~!!なんて切ないのじゃ~!)

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幸村はこうして息子・大助のことを思い、涙ぐんだ。

原貞胤

・・・。
武士ほど儚いものはない。戦場に赴く身は誰が先後を定めましょう。
必ず冥途でお会いしましょうぞ。

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2人はこうして語り合った。その後、幸村は白川原毛のたくましい馬にゆらりと乗って5、6度静かに乗り回して、こう言った。

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幸村

もし重ねて戦があったなら、御城は破却せられたことゆえ、必ず平場の合戦となりましょう。

天王寺裏へ乗り出し、東方の大軍に渡り合い、この馬の息の続くほどは戦って、討ち死にすべしと存じ、秘蔵しております。

幸村は馬から降り、これが今生の暇ごいとまた盃を指し、夜半に及んで立ち別れた。

・・・・その後、幸村は来たる大阪夏の陣でその兜をつけ、その馬に乗って討死したのであった。


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