楠公飯と戦争ごはん。戦時中、人は何を食べていたか

日月
 2022/04/18
戦争中、呉に嫁いだ少女・すずさんの日常を描いた名作『この世界の片隅に』。作中ですずさんは、物資が不足する中でも工夫をしながら、日々の食事をつくっています。

その中で特徴的だったのが「楠公飯」という料理でした。

ごはんかさ増し・楠公飯


「楠公飯」とは、楠木正成が考案したという炊飯方法で、食料不足の戦時中に米のかさ増しをするために作られたそうです。

作り方は、玄米を炒ってから水に一晩つけておき、そのまま炊きます。現代でも好奇心から楠公飯を再現する人も多く、実際につくってみた人によると「そんなにまずくはない」とのことでした。

一方、『この世界の片隅に』によると、食べた家族の感想は「あれを喜んで召し上がるなんて、楠公さんは豪傑なんじゃねえ…」と、楠公飯はいまいちのお味だったようです。

再現された楠公飯がおいしかったのは、食材も今と昔では美味しさも違うからかもしれません。

しかし、戦時中は「楠公飯」を作るための燃料がないことも…。

食材も調味料も配給ご飯


よく、戦争ドラマなどでは、玄米を一升瓶に入れて突いている姿を見かけますが、現代人のわれわれからみたら「ヘルシーで栄養満点の玄米なのに、なんでそのまま食べないの?」と思います。しかし、玄米は白米よりも多くの燃料が必要だったそう。

戦争中は食料に限らず燃料も配給制なので、苦労してでも玄米を突いて食べていたのでしょうね。(米糠もとれますしね)

余談ですが、こんなものまで配給?と驚いたのは「絵の具」です。戦争に協力し、国威発揚の絵を描かないと絵の具も買えなかったのだとか…。恐ろしい世の中です。

配給については、漫画家の花福こざるさんの『花福こざるの戦争ごはん日誌』に詳しい仕組みが載っていました。

当時は料理をしない学生や旅行時などに使用した「外食券」というものがあり、これを提出することで、食堂や職場などが米の配給をうけることができるらしいのです。

しかし、正月のお餅を買うのにも複雑な手続きが必要だし、自炊しない人には調味料が配給されないなど、とにかく大変でした。

食材も調味料も燃料も配給制、しかも調味料が配給されないこともあったとか。塩分を取るため海水をくんでくると、燃料がもったいないので、そのまま調理に使用したそうです。

沿岸部は海水と魚介類、山ではきのこや燃料となる小枝などがあるので、都心部よりも食料事情はよかったかもしれません。

向田邦子の戦争ご飯


脚本家・小説家として活躍した向田邦子。彼女もエッセイの中で戦争ご飯の思い出を語っています。向田邦子は都市部の裕福な家で育ったため、比較的食料には恵まれていたようです。

それでも、普段は質素な食生活だったらしいのですが、ある時、近所に爆撃があり、死を覚悟した父親が母親に命じて、いざという時に隠しておいた食料を使い「最後の晩餐」を行いました。

芋の天ぷらや白いご飯など、今では普通の食材や料理ですが、当時はものすごいごちそうに感じたのでしょうね。

まとめ


私が以前、知り合いから聞いた戦争ご飯は「海沿いに疎開してたから、伊勢海老・アワビが食べ放題だった!」という豪勢なお話でした。そのかわりお米はなかったそうですけれど。

本の中にも「蛇を食べた」「麦ふすまがまずかった」など、さまざまな感想がありました。きっと、戦争を体験した人の数だけ「戦争ごはんの思い出」があるのでしょう。
願わくば、もう二度と楠公飯を(興味以外で)たくことのない世の中でありますように。
  この記事を書いた人
日月 さん

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