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「明応の政変」細川政権誕生!幕府は二分化。
──明応2年(1493年)

応仁の乱収束後も幾内での国一揆や将軍継嗣問題で混乱が続いた中央。その中で幕府管領の細川政元が日野富子らとクーデターを起こし、細川政権を誕生させた。このクーデターが「明応の政変」である。本記事では、応仁の乱以後からこの政変に至るまでの一連の流れをみていく。

応仁・文明の乱以後

全国規模の争乱となった応仁の乱が収束しても、山城南部で畠山義就と畠山政長の争いは継続されており、戦火によって土地や建物は荒廃していた。

こうした状況の中、文明17年(1485年)には南山城の国人衆や農民が協力して立ちあがった。彼らは宇治の平等院に集まって "国中掟法" という取り決めを結び、両畠山氏を追い出すと、"三十六人衆" と呼ばれる指導的な国人衆によって政治を行うという "惣国" とよばれる政治形態にしたのである。この惣国という自治は約8年間も続いた。(山城国一揆)

第一次六角征伐(鈎の陣)

長享元年(1487年)になると、近江守護の六角高頼が寺社・公家や奉公衆の領地を横領して配下の国人衆に分け与えていたというクレームが第9代将軍・足利義尚の元にとどいた。これに義尚は六角討伐のために挙兵するが、甲賀の山中に逃亡した高頼によって長期のゲリラ戦に持ち込まれてしまうのであった。

本願寺勢力の台頭と加賀一向一揆

一方、加賀でも長享3年(1488年)に一向一揆が発生。加賀の守護であった富樫正親は、このとき上述の第一次六角征伐(鈎の陣)に参戦中であったが、居城の高尾城が本願寺門徒による襲撃を受けたために加賀に戻った。しかし、一向衆に追い詰められて自害に追い込まれている。

この一向一揆の発端は、本願寺八世蓮如が文明3年(1471年)に越前吉崎に下向し、布教の拠点(吉崎御坊)を置いたことにさかのぼる。

当時は応仁の乱の最中であり、京都を追われた公家や民衆達は周辺都市や地方の所領などに疎開していき、蓮如もその一人であった。吉崎御坊を置いた蓮如は、徐々に門徒を増やして越前だけにとどまらず、加賀・越中にも広げていった。そして加賀の守護の富樫正親は、当初は門徒の力を利用しようとしたのだが、その実力の恐ろしさを知ることになり、一転して門徒の弾圧をはじめる。

こうして蓮如は吉崎御坊を退去し、加賀の門徒も越中に逃れることを余儀なくされ、本願寺と富樫正親は敵対関係となった。最終的に一揆が起きたのは前述のとおりである。

その後、名目上の守護・富樫泰高が擁立されたが、実際の政治は蓮如の三人の息子らが行なうことに。以後、おおよそ100年、加賀は本願寺門徒衆が支配する世となるのであった。(※本願寺は浄土真宗の開祖である親鸞の教えを受け継ぐ教団。)

クーデターの勃発

長享3年(1489年)、将軍義尚は六角氏とのゲリラ戦で長期滞陣となっていた鈎の陣の最中に病死。そのため、応仁の乱の直後に美濃国へ逃れていた足利義視・嫡子の義材が上洛した。そして、翌延徳2年(1490年)には元将軍の義政も死去したことで幕府将軍の座が空位になると、日野富子と畠山政長の後押しによって10代将軍・足利義材が誕生することになる。

しかし、管領の細川政元は将軍として堀越公方の足利政知の子・清晃(せいこう、=のちの足利義澄)を推しており、この決定には反対していた。日野富子の推しで新将軍に就いた義材であったが、すぐにその日野富子と関係が悪化してしまう。さらに不幸なことに、同年に義材の実母が、翌延徳3年(1491年)には父の足利義視が立て続けに死去してしまった。

こうした中、同年義材は足利義尚の遺志を継ぎ、彼がなしえなかった六角高頼の討伐に動きだした。六角高頼はまたもや甲賀へ逃げ込んでゲリラ戦に誘いこんだが、最後は領地を捨てて甲賀山中に逃亡している。

明応2年(1493年)、畠山政長が畠山基家(畠山義就の子)の討伐を要請。これにも細川政元は反対するが、義材は討伐軍をだしてしまう。このことで義材と政元の対立が深刻化、細川政元は、義材に不満を抱き始めた日野富子や赤松政則、伊勢貞宗を抱き込み、4月22日夜に清晃を還俗させて11代将軍に擁立。クーデターを決行するのである。

日野富子の指揮のもとで政元が京都を制圧すると、さらに新将軍に従う旨の「謀書」が送られ、義材に同行する武士の大半が京都に帰還。こうして義材は幽閉され、畠山政長は自害に追い込まれてしまった。
その後、義材は側近らの手引きで脱走に成功し、畠山政長の領国であった越中に逃亡する。そして、政長の家臣であった神保長誠を頼って、以後5年間滞在することになる。

このクーデターが明応の政変であり、以後は細川政元が幕政を掌握して、傀儡化した将軍権力は幕府公権の二分化により弱体化し、二流に分かれた将軍家を擁した抗争が各地で続いていくことになる。





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