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【家紋・家系図】斎藤道三の系図のほか、道三ファミリーも紹介。

道三の家紋

道三が使用した家紋は ”二頭立波”。美濃斎藤氏の家紋に "撫子"があるが、斎藤氏を継承した道三がこれを使用したかどうかは不明。

<a href='https://sengoku-his.com/other/detail/76'>斎藤道三</a>の家紋(二頭立波)
二頭立波(にとうたつなみ)

この紋は道三が自らデザインし、波の寄せ引きを合戦の駆け引きに見立てたものという。

斎藤氏の家紋(撫子)
撫子(なでしこ)

美濃守護代・斎藤氏の家紋。

長井氏の家紋(一文字三星)
一文字三星(いちもんじさんせい)

道三がかつて仕えた長井氏の紋。道三が長井の姓を称した頃、使用したかどうかはわかっていない。


道三の家系図

道三の父は松波庄五郎(まつなみ しょうごろう。別名・長井新左衛門尉)または、松波左近将監基宗といわれている。道三の経歴は、父の経歴と混在している可能性がある。なお、道三の母に関しては不明。

道三の妻子

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小見の方(おみのかた)

道三の正室。道三との間には濃姫、孫四郎、喜平次、そして末子の利治(長龍)をもうけたとされる。一説に明智光秀は小見の方の甥にあたるとされる。
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深芳野(みよしの)

道三の側室。元々は土岐頼芸の愛妾であった。嫡男の義龍は道三の子ではなく、土岐頼芸の子という説もある。

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斎藤義龍(よしたつ)

道三の嫡男。母は側室の深芳野か?父道三と不和になり、弟二人を殺害したあげく、長良川の戦いで父道三をも討ちとった。
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孫四郎(まごしろう)

道三の二男。母は小見の方。長兄の義龍によって謀殺された。
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喜平次(きへいじ)

道三の三男。母は小見の方。長兄の義龍によって二兄・孫四郎とともに謀殺された。
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利治(としはる)

道三の末子。母は小見の方。信長に近侍して功をあげ、のちに織田信忠の側近となった。しかし、最期は本能寺の変(1582年)で主君信忠と運命をともにした。
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濃姫(のうひめ)

道三の娘。父道三と尾張の織田信秀が和睦したときに、織田信長の正室に嫁いだ。


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