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石田三成の愛刀「石田切込政宗」の切込とは?

「石田切込政宗」と名付けられた石田三成の愛刀がありますが、この名の「切込」の由来とは?

( 正解率は 47 % )

正解!

クイズ正解時のイメージ yes

 ざんねん…

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答えは「刀に切込という疵がある」

  回答内訳

17人が回答済 (※未回答での閲覧回数は 1回

関ケ原合戦の時、三成がこの刀を振るって敵に切り込んだ (3回答、17%)
刀に切込という疵がある (8回答、47%)
この刀の所持者は切り込まれても死なないと伝えられる (5回答、29%)
三成が切腹に使った (1回答、5%)
 解説

刀の刀身にある疵はその刀の値打ちを下げるものが多いのですが、切込疵と矢疵の二種類の疵は逆に価値を高める疵で、誉れ疵と呼ばれています。

この二つの疵は刀が過去の戦で使われた時のもので、切込疵は敵の刀と切り結んだ時にできた疵、矢疵は矢が当たってできた疵のことです。つまりこれらの疵はその刀の戦歴を表しており、激しい戦いを経てきた強者の証なのです。

石田切込政宗にはその名が表す通り二か所の切込疵がありますが、三成が戦で使用してついた疵ではなく、それ以前の戦のものだろうといわれています。

秀吉没後の加藤清正ら武闘派との確執の結果、三成が奉行職を辞めて居城佐和山城へ帰る道中、 これを警護した結城秀康への礼に贈ったと伝わっています。 その後、所有者は転々として、現在は重要文化財の指定を受け、東京国立博物館の所蔵となっています。

因みに三成は切腹ではなく、斬首刑に処せられています。

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