真田幸村が関ヶ原の戦いの敗戦後、蟄居を命じられたお寺の名前は?

真田幸村は関ヶ原の戦いで敗戦後、高野山のあるお寺に蟄居を命じられました。そのお寺はなんというお寺でしょうか?

( 正解率は 51 % )

正解!

クイズ正解時のイメージ yes

 ざんねん…

クイズ間違い時のイメージ yes

答えは「蓮華定院」

  回答内訳

85人 が回答済です

正名院(12回答)
14%
普賢院(12回答)
14%
蓮華定院(44回答)
51%
金剛三昧院(17回答)
20%

※未回答での閲覧回数は 4回

 解説

真田幸村は関ヶ原の戦いに父親の昌幸とともに豊臣秀吉側(西軍)につき、戦いました。真田家は戦には勝ったのですが西軍は敗戦、父子ともに死罪となっておかしくはありませんでした。

しかし、東軍についていた兄の信幸の除名嘆願により命を助けられ、領地の没収と高野山への蟄居を命じられました。1600年の10月9日に高野山にある「蓮華定院」というお寺に身を寄せました。このお寺は真田家の菩提寺であったそうです。

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