「教来石景政」と名乗っていた武将は誰?

戦国時代の武将はしばしば改名をしています。初め、教来石景政(きょうらいし かげまさ)と名乗っていた武将は誰でしょうか?

( 正解率は 38 % )

正解!

クイズ正解時のイメージ yes

 ざんねん…

クイズ間違い時のイメージ yes

答えは「馬場信春(ばばのぶはる)」

  回答内訳

21人が回答済 (※未回答での閲覧回数は 1回

北条綱成(ほうじょうつななり) (1回答、4%)
長野業正(ながのなりまさ) (6回答、28%)
馬場信春(ばばのぶはる) (8回答、38%)
柿崎景家(かきざきかげいえ) (6回答、28%)
 解説

教来石は甲斐国教来石村(現在の北杜市白州町)の地名です。武田四天王の一人に数えられ、武勇で名高い馬場信春は、当初住んでいた地名を性として「教来石景政」と名乗っていました。

武田信玄に仕え、のちに甲斐武田氏譜代の名門で名跡が絶えていた馬場氏の名跡を継いで「馬場信房」と改名し、その後さらに改名して「信春」となりました。

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