武田家滅亡に際し、高遠城で討ち死にした武将は?

甲斐武田家が織田家との戦いに敗れて滅亡した際、多くの家臣が武田家から離反しました。 そうした中で武田家のために高遠城で最後まで織田軍に抵抗し、討ち死にした武将は誰でしょうか。

( 正解率は 62 % )

正解!

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 ざんねん…

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答えは「仁科盛信」

  回答内訳

16人が回答済 (※未回答での閲覧回数は 1回

穴山信君 (2回答、12%)
仁科盛信 (10回答、62%)
山県昌景 (2回答、12%)
木曾義昌 (2回答、12%)
 解説

仁科盛信は武田信玄と側室の油川夫人の子です。異母兄の武田勝頼にも最後まで従いました。

1582年、武田滅亡となった甲州征伐の際、高遠城で織田の大軍に囲まれ、援軍も見込めずに孤立しますが 最後まで武田の名誉を守るために抵抗し、討ち死にしています。

このほか、穴山信君は武田家の重臣でしたが、信長の甲州征伐が始まるや、徳川家康の勧誘に乗り、武田家から離反しています。

山県昌景は1575年の長篠の戦いで奮戦するも、銃弾を浴びて戦いの中で討ち死に。木曾義昌は武田勝頼の代に武田家から離反し、織田の軍門に下っています。

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