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上杉謙信の死後、上杉家で勃発した家督争いを何という?

越後の大名・上杉謙信の死後、上杉家ではその後継者を巡り、上杉景勝派と上杉景虎派による内乱に繋がっていきますが、その争いは何と呼ばれていますか?

( 正解率は 94 % )

正解!

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 ざんねん…

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答えは「御館の乱」

  回答内訳

18人が回答済 (※未回答での閲覧回数は 1回

御館の乱 (17回答、94%)
天文の乱 (0回答、0%)
花倉の乱 (1回答、5%)
賤ヶ岳の戦い (0回答、0%)
 解説

上杉謙信は生前、自らの後継者をハッキリと定めていませんでした。二人の養子、景勝と景虎による後継者争いとなったのが、1578年に起きた「御館の乱」です。この乱は最終的に上杉景勝が勝利し、景虎は自害を余儀なくされています。

なお、1542~48年の「天文の乱」は伊達家の、1536年の「花倉の乱」は今川家の家督争いです。そして1583年の「賤ヶ岳の戦い」は織田信長の死後に勃発した羽柴秀吉と柴田勝家による織田家の覇権争いです。

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