豊後の戦国大名・大友氏の内紛は何という?

九州北部を制圧し、キリスト教に帰依した大友宗麟は、最初は跡継ぎではありませんでした。しかしとある事件をきっかけに跡継ぎになりますが、その事件の名前は何でしょうか?

( 正解率は 90 % )

正解!

クイズ正解時のイメージ yes

 ざんねん…

クイズ間違い時のイメージ yes

答えは「二階崩れの変」

  回答内訳

22人が回答済 (※未回答での閲覧回数は 0回

二階崩れの変 (20回答、90%)
筒井騒動 (1回答、4%)
越前騒動 (1回答、4%)
最上騒動 (0回答、0%)
 解説

大友宗麟は正室の子供で当主になる事が決定していましたが、20代当主の大友義鑑が側室の子供である塩市丸に家督を継がせるために、宗麟を廃嫡しようとしました。

それによると気がついた津久見美作、田口鑑親が義鑑・塩市丸を襲撃した事件です。この事件がきっかけとなり、宗麟が大友家を正式に次ぎました。

ちなみに筒井騒動は伊賀上野藩、越前騒動は越前松平家、最上騒動は出羽山形藩の最上家で起こったお家騒動で、いずれも江戸時代初期に起こったものです。

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