丁寧に歴史を追求した "本格派" 戦国Webマガジン

秀吉時代の大阪城天守は何色だった?

創建当時の姿を残す城の中で、姫路城天守は白壁で覆われ、白鷺城の別名で親しまれています。それでは秀吉が建てた大阪城天守は何色だったでしょうか?

( 正解率は 53 % )

正解!

クイズ正解時のイメージ yes

 ざんねん…

クイズ間違い時のイメージ yes

答えは「黒色」

  回答内訳

15人が回答済 (※未回答での閲覧回数は 1回

白色 (1回答、6%)
黒色 (8回答、53%)
焦げ茶色 (4回答、26%)
濃い灰色 (2回答、13%)
 解説

現在の大阪城天守は昭和6年建築の鉄筋コンクリート造りで、さらには石垣などその他の建築物も徳川時代のものであるため、秀吉時代の大阪城は外見的には全く見ることができません。

昭和34年には現在の天守敷地の地下で秀吉時代の天守石垣が発掘、またその後に当時の本丸図が発見され、 現在の大阪城天守敷地の地下に秀吉時代の本丸が埋まっているのが分かりました。

黒田長政が描かせたとされる夏の陣図屏風には、黒々とそびえる大阪城天守が書き込まれており、黒漆で壁面が塗りかためてあると推測されています。

発掘された金箔塗りの瓦などがから、黒を基調に金箔を贅沢に使った、豪華絢爛な天守だったと想像できます。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

おすすめの記事