小田原攻めに遅刻した政宗。どんな姿で秀吉に謁見した?

1590年、豊臣秀吉の小田原征伐の際、伊達政宗は秀吉に参陣要請を受けたものの、遅刻したことで秀吉に詫びています。さて、このとき政宗はどのような姿で秀吉に謁見したのでしょうか?

( 正解率は 89 % )

正解!

クイズ正解時のイメージ yes

 ざんねん…

クイズ間違い時のイメージ yes

答えは「死に装束姿」

  回答内訳

111人 が回答済です

伊達姿(人目につく、粋な姿のこと)(5回答)
4%
甲冑姿(3回答)
2%
死に装束姿(99回答)
89%
すっぽんぽん(4回答)
3%

※未回答での閲覧回数は 10回

 解説

政宗は小田原攻めへの参陣の決断は早くにできていたのですが、母である保春院に毒を盛られた事件や、北条氏の領土を通ることが困難だったこと等が重なり、参陣が遅れました。

しかし、政宗はすぐ秀吉に会うことは許されず、前田利家や浅野長政らに詰問されています。その後、反省の意を示すため、秀吉に謁見したときの政宗の姿が死装束だったわけです。

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