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『吾妻鏡』で読む大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(6)源氏追討令

『鎌倉殿の13人』第3回「挙兵は慎重に」の続きです。

以仁王と源頼政の挙兵は、わずか10日余りで鎮圧され、両者とも敗死しました。これが伊豆の源頼朝(演:大泉洋)のもとに伝わったのは、ドラマ内の設定では、治承4年6月2日のこととされています。頼政の早まった挙兵に同調せず、難を逃れたことに、頼朝は胸をなでおろしました。

ところが、頼朝は思わぬことから窮地に立たされます。それは、平家打倒を呼びかける以仁王の令旨を受け取ってしまったことです。京にいる協力者・三善康信(演:小林隆)から、「平清盛(演:松平健)が、令旨を受け取ったすべての源氏に対して追討軍を送ることに決めたらしい。一刻も早く、奥州の藤原秀衡(演:田中泯)のもとへお逃げなさい」という旨の書状が届き、頼朝は狼狽します。

しかし、その直後のナレーション(演:長澤まさみ)によって、この康信の書状が誤報であったことが明かされます。この時点で平家が追っていたのは頼政の残党だけであり、それ以外の源氏は対象外だった。それを康信が勘違いして、頼朝に報告してしまった。この「慌て者の早とちり」が歴史を動かすことになったのだ――と。

このように、実際にはなかったとされる源氏追討令について、『吾妻鏡』の記述を見てみましょう。治承4年5月27日条、すなわち以仁王・頼政の敗死の翌日の記述に、「国々の源氏幷(ならび)に興福・園城両寺の衆徒の中、仲綱の令旨に応ずるの輩(ともがら)、悉(ことごと)く以て攻撃せらるべきの旨、仙洞に於いて其の沙汰有りと云々」とあります。

「仲綱」(なかつな)とは、頼政の子・源仲綱のことです。以仁王の令旨は、実際には以仁王本人が署名したものではなく、部下である仲綱が以仁王の命令内容を書き記して、署名しています(これは令旨に限らず、当時の公的な命令書全般が、発令者本人ではなく部下による署名という形式をとっていました)。そのため、ここでは「仲綱の令旨」と書かれています。この令旨を受けた日本各地の源氏を、すべて残らず追討することが命ぜられたというのです。

「仙洞」(せんとう)とは、上皇・法皇の住まう御所のことで、ここでは、院政を敷いている高倉上皇の御所を指します。要するに、源氏追討の命令は、手続き上は上皇の意思として発せられているわけですが、もちろん実質上は平家の意思によるものに違いありません。

三善康信は、弟の康清を使者にして、このことを伊豆へ急報しました。6月19日、康清は頼朝に対面して、「去月廿六日、高倉宮御事有るの後、彼の令旨を請くるの源氏等、皆以て追討せらるべきの旨、其の沙汰有り。君は正統なり、殊に怖畏(ふい)有るべきか。早く奥州の方へ遁(のが)れ給ふべきの由、存ずる所なり」と述べました。

「高倉宮」(たかくらのみや)は、高倉上皇と紛らわしいですが、ここでは以仁王のことです。京の三条高倉というところに住んでいたので、このような別名でよばれています。「御事有る」(おんことある)は、死ぬことを婉曲に言う表現です。要するに、以仁王の敗死のあと、令旨を受けたすべての源氏に対する追討令が下ったということを伝えています。そして、頼朝は源氏の嫡流だから、とりわけ警戒すべきであり、一刻も早く奥州へ逃げるよう勧めています。このように、ドラマ内の康信の書状は、『吾妻鏡』に載っている康清の口上をそのまま取り入れたものです。

重要な情報源である康信からの知らせを、頼朝は信用しました。引き続き『吾妻鏡』によれば、6月22日に康清が京へ帰還するにあたり、頼朝は康信の功績を褒め称える感状(かんじょう)を与えました。そして6月24日、頼朝は「遮りて平氏追罰の籌策(ちゅうさく)を廻らさん」と考えました。つまり、平家から追討を受ける前に、先手を打って自分から挙兵することを決意したのです。

このように、源氏追討令を伝える康信の情報が、頼朝の挙兵の直接的なきっかけになったことは、『吾妻鏡』に記載されている通りです。この源氏追討令が康信の勘違いだったことは、近年の研究によって明らかにされたもので、もちろん『吾妻鏡』には載っていません。

ただし、『吾妻鏡』の5月27日条の記述をよく読むと、文末が「其の沙汰有りと云々」となっています。「云々」(うんぬん)とは、直接知り得た情報ではなく、伝聞であることを示す表現です。つまり、『吾妻鏡』の編者は、実際に源氏追討令が発せられたかどうかを直接確かめる証拠を得られなかったので、康信からの情報をもとに5月27日条を書いたわけです。

「其の沙汰有り」と断定してしまえば、これは確定された事実という表現になります。しかし「云々」を付け加えることによって、あくまで伝聞であり、実は確証がないということを表現することができます。最新の研究によって、さまざまな異論や疑問点が提出されている『吾妻鏡』ではありますが、このように慎重な表現を用いているところに、私は編者の良心を感じるのです。

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  この記事を書いた人
愛水 さん

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