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『吾妻鏡』で読む大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(11)石橋山合戦

『鎌倉殿の13人』第5回「兄との約束」(2月6日放送)は、治承4年8月17日(1180年9月8日)の山木兼隆襲撃から始まり、同月23日の石橋山合戦が山場となります。

平家討伐の緒戦に勝利して東国支配の確立に乗り出した源頼朝(演:大泉洋)は、本拠地を鎌倉に置くことを定め、北条郷(静岡県伊豆の国市)から進軍を始めます。しかし途中の石橋山(神奈川県小田原市)で、平家方の有力豪族・大庭景親(演:國村隼)と伊東祐親(演:浅野和之)の連合軍が立ちはだかり、頼朝は全軍壊滅に至る大敗を喫したのです。

夜が明けて8月24日、頼朝はわずかな従者を連れて、山中深く逃げ込みました。そのさなか、頼朝の挙兵を引っ張ってきた熱血漢・北条宗時(演:片岡愛之助)が、伊東祐親の下人・善児(演:梶原善)に暗殺され、弟の義時(演:小栗旬)が兄の遺志を受け継ぐこととなります。いわゆる「巻き込まれ型」の柔和な青年だった義時が、積極的に東国武士を束ねて頼朝の覇業を支える道へと踏み出す、重要な転機として描かれました。

石橋山合戦のエピソードはいろいろありますが、ここではドラマでクローズアップされた、北条宗時と工藤茂光(演:米本学仁)の戦死について取り上げます。作中では宗時暗殺の際に、居合わせた茂光も巻き添えで殺されることになっていましたが、これはもちろん創作です。

工藤茂光は、宗時の友人で陽気な太っちょというキャラクターにされていました。確かに茂光は非常な肥満体だったと伝えられていますが、そのほかのプロフィールは、史実とは全く異なります。実際には、茂光は保元の乱(1156年)の頃から活躍し、それから24年経った石橋山合戦の時点では、すでに孫が成人しているほどの老将でした。また、茂光は伊豆国府の次官にあたる「伊豆介」(いずのすけ)の官職に就き、「工藤介」(くどうのすけ)と名乗る有力者でもありました。ドラマ内で坂東屈指の大豪族として描かれている上総広常(上総介)や千葉常胤(下総介)とも、官位においては肩を並べることのできる、伊豆では随一の名家なのです。

ドラマ内で伊豆最大の勢力として描かれている伊東氏は、もともと工藤氏の分家にあたります。しかし伊東祐親が平家の威光のもとで勢力を伸ばすにつれて、茂光の地位は相対的に低下していたのでしょう。茂光が当初から源氏に味方したのは、平家方の伊東氏に対抗するためと思われます。『吾妻鏡』治承4年8月6日条によれば、頼朝が挙兵の前に「お前だけが頼りだ!」と語りかけた相手の中に茂光も入っていますから、頼朝の側も工藤氏の勢力には期待をかけていたことが窺われます。

工藤茂光の死は、『吾妻鏡』治承4年8月24日条に「行歩進まざるに依り、退いて自殺す」(歩行困難のため自殺した)とだけ記されていますが、『源平盛衰記』にはより詳しく描かれています。それによると、茂光は肥満体のため息切れして、険しい山中の逃避行についていくことができませんでした。このまま足手まといになって、つまらぬ敵に殺されることを恐れた茂光は、息子の狩野親光に向かい、自分の首を刎ねるよう懇願します。

いくら本人の願いでも、父を殺すことは親光には耐えられません。ためらっているうちに、茂光は自ら腹を切り、うつぶせに倒れました。親光の甥にあたる田代信綱が、苦しむ茂光の首を討ち落とします。親光は父の首を抱えて、泣きながら山を登るのでした。

現代人の感覚からは理解しがたいほどの凄惨な場面ですが、茂光の自害は、命を惜しまず名を惜しむ武士の価値観の表れですし、実の祖父の首をためらいなく刎ねて願いをかなえた信綱も、『源平盛衰記』では「剛の者」として賞賛されています。一方、父の願いと父への愛情との間で動けなかった親光に対しても、『源平盛衰記』の記述は大いに同情的です。現代人としては、親光の迷いに、極限状況に置かれた人間の苦悩を読み取りたいと思います。

北条宗時の死は、『源平盛衰記』と『吾妻鏡』とで異なります。『源平盛衰記』によれば、宗時は波打ち際を逃げる途中、伊豆五郎助久という者と戦って相討ちになりました。一方、『吾妻鏡』8月24日条によれば、宗時は平井郷(静岡県函南町)で伊東祐親の軍勢に包囲され、同地の領主・平井久重の放った矢に射殺されたといいます。ドラマにおける宗時暗殺の描写は、どちらかといえば『吾妻鏡』に近いように思われます。

宗時を討った久重は、頼朝が勢いを巻き返して鎌倉入りを果たした際に、恐れて逃亡しました。しかし翌年の治承5年1月6日に捕らえられ、4月19日に斬首されます。その首は、鎌倉近郊の腰越浜にさらされました。

ドラマで宗時を殺害した善児は、この久重の役回りであり、同様に頼朝の鎌倉入りの後、第9回「決戦前夜」にて逃亡しました。しかし久重と違ってその後も生き延び、第11回「許されざる嘘」にて梶原景時(演:中村獅童)に拾われます。一切の感情を表さない手練れの殺し屋として強烈な個性を見せた善児は、景時のもとでどのような汚れ仕事を担っていくのか。今後も目の離せないキャラクターです。

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  この記事を書いた人
愛水 さん

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