お薦めします!長寿のテキスト。貝原益軒の『養生訓』
- 2023/01/06
肌艶のよいお年寄りに「長生きの秘訣は何ですか」とレポーターが問います。人それぞれ答えは違いますが、延命には知恵や工夫があるはずです。
江戸時代中期、健康で長生きであるための秘訣を事細かく書き綴ったありがたい本があります。貝原益軒の『養生訓』です。この著作から健やかに生きるためのヒントを学んでみましょう。
江戸時代中期、健康で長生きであるための秘訣を事細かく書き綴ったありがたい本があります。貝原益軒の『養生訓』です。この著作から健やかに生きるためのヒントを学んでみましょう。
『養生訓』は庶民の健康本
『養生訓』は正徳2年(1712)に儒学者・本草学者である貝原益軒が、健康で長生きするための提案を書いた8巻にわたる書物です。多くの人に読み伝えられました。飲食、飲酒、茶、便、洗浴はもちろん、精神のあり方も細かく書いてあります。養生というと老人の行いと思いがちですが、この本はどの年齢においても健やかで生きるための日常的な心がけがたくさん書いてあります。令和を生きる私たちにも充分頷けます。
ちなみに「訓」とは「ときほぐして読む」という意味です。
貝原益軒は長寿だった
江戸時代の儒学者、本草学者である貝原益軒は寛永7年(1630)から正徳4年(1714)まで85年の生涯でした。つまり益軒は、徳川家光・家綱・綱吉・家宣・家継という時代を生き抜いたのです。江戸時代中期は平均年齢が50才くらいでしたから、長寿である彼の提言には信憑性があり、誰でも信じたくなりますよね。多方面にわたり博識で著述もたくさん残した方です。
福岡藩士・貝原寛斎の五男として生まれ、益軒も黒田藩に仕えました。幼少は病弱であったため自分自身の健康には、とても気を使うようになったのだろうと言われています。晩年70才を過ぎてから『養生訓』を書き始め、83才でまとめました。
『養生訓』にある教え
本のはじまりには、「人間のからだは父母をもとにし、天地をはじまりとしたものである…人間の体はこの上なく貴重で、全世界にもかえられないものではないか…欲にふけって身を滅ぼし命を失うのは、これ以上馬鹿なことはない…長生きは全ての幸福の根本である」
とあります。
父母からもらった大事な体を、短命にしてはならないと解釈できます。また、欲に溺れると身を滅ぼすという儒学者らしい観点も見えます。
では『養生訓』からいくつか挙げてみます。
飯はよく熟して、中心まで和(やわ)らかでないといけない。温かいうちに食べるのがよい。
体をいたわる基本ですね。温かいものが体によいのは、ずっと言われています。現代は炊飯器で保温できたり、電子レンジで加熱したり簡単ですが、昔は食べるタイミングが重要だったということでしょう。
友人と一緒に食事をするとき、おいしいものに向かうと食べ過ぎになりやすい。腹いっぱい飲食するのは不幸のもとである。欲に制限をつけないと禍になる。
友達や仲間と食事をする時は、美味しくて長居できる店を選んでしまいがちです。雰囲気に負けない自制心が大事と忠告しています。
一般に酒は朝夕の食後に飲むのがよい。昼と夜との空腹時に飲んではいけない。みな害がある。
朝から飲んでも良かった江戸時代の生活習慣が少し羨ましいです。
怒ったあと食事してはいけない。心配事をしながら食べてはいけない。食べてからあと心配してはいけない。
確かに、やけ食いというのは体に悪いことと納得できます。
寝るときはかならず東枕にして生気をうけるがよい。
東から太陽が昇るからなのでしょう。
口をきくのを慎んで、無用の言葉を省いて口数を少なくすることだ。たくさんの口をきくと、かならず気がへり、また気がのぼりもするので、ひどく元気を傷つける。口をきくのを慎むのも、また徳を養い、体を養う道である。
これは年齢や男女問わず、昔から日本人の心にあることだと思われます。口は禍のもとですね。つまり言い過ぎは人徳のレベルを下げてしまい、気が乱れ不健康になるという訳です。
心は楽しませねばならぬ。苦しめてはいけない。からだは骨折らせねばならぬ。休ませすぎてはいけない。
心で愉しんでよいが、体は甘やかしてはいけないということです。心身のバランスが大事であると、益軒は本の中で何度も提案しています。
心はからだの主君である。心はうちにあって五官(耳・目・口・鼻・体)をつかさどっている。
儒学を通して人が平常を保つための精神のあり方も学んできた益軒。心に痛みを持たないことこそ、体調が乱れないことだと説いています。「病は気から」ということわざに繋がりますね。
『論語』に「若き時は血気方に壮なり。これを戒むること色に在り」とある。
年の若い時から男女の欲ふかくして、精気を多くへらした人は短命である。
色恋に情熱を注ぎすぎると短命であるということです。本当でしょうか?これは少し疑問を持ちましたが、おそらく長寿の益軒はいろいろな男女を見てきたのでしょう。だからこそ言えるのかもしれません。
年をとってから後は、一日をもって十日として日々楽しむがよい。つねに日を惜しんで一日もむだに暮らしてはいけない。餓えて死んでも、死ぬ時までは楽しんで過ごすがよい。
老いても恙なく一日を充実させ、心に淀みなく生き切ることを進言しています。
喜怒哀楽愛悪欲の七情のうち怒と欲との二つが、もっとも徳を傷つけ、生をそこなう。人の心を溺れさせ、元気をへらすのは欲である。
怒ってばかりだと、他人との仲が悪くなるだけでなく、自分自身も幸せになれないということでしょう。そして欲のバランス調整をすれば人並みに元気でいられるのですね。欲を加減ができればこそ心豊かで健やかに長生きができるということでしょうか。
『養生訓』には厳しいことも書いてありますが、万人を思う益軒の優しい人となりを感じます。
おわりに
「近所のあの人があれを食べて元気になった」とか、「この体操を寝る前にした方がいい」とか、地域コミュニティから聞こえてくる良い話はたくさんあります。親から教えられてきた習慣の中にも健康である術を私たちは身につけてきたと思います。貝原益軒の『養生訓』をぜひ一度読んでみてください。江戸時代とは食も生活様式も違いますが、今を生きる私たちも心に留めておきたい文言が見つかるはずです。
最後に益軒のかっこいい訓をもう一つ。
「養生はただ生まれつきもっている天寿を保つ道である。長寿の薬はない」
【主な参考文献】
- 松田道雄「養生訓」『日本の名著<14> 貝原益軒』(中央公論社、1969年)
- 入沢宋寿『貝原益軒(日本教育先哲叢書第8巻)』(文教書院、 1943年)
- 福岡市博物館 公式サイト内アーカイブス
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