秀吉は征夷大将軍になりたくても、なれなかった？

征夷大将軍とはどんな地位？

　征夷大将軍はもともとは蝦夷（えみし）征伐のために朝廷が置いた、臨時の役職でした。平安時代初めに坂上田村麻呂が任命されたのが有名な例ですが、蝦夷征伐が一区切りついた段階で廃止されたようです。

　平安時代末期の源平争乱で権力を握った源頼朝は、朝廷から征夷大将軍に任じられました。これ以降、征夷大将軍は「武家の棟梁」という位置づけがされ、幕府という武家政権の最高権力者として常設の官職となっていきます。

　鎌倉時代の征夷大将軍は、源頼朝・頼家・実朝、と源氏が３代継ぎ、実朝暗殺後には公家の摂関家から九条頼経・頼嗣を迎え、さらに６代将軍に皇室から宗尊親王が就き、以後は惟康親王・久明親王・守邦親王と宮将軍が続きました。

　南北朝争乱に突入すると、足利尊氏が北朝の光明天皇から征夷大将軍に任じられます。足利氏は頼朝と祖先が同じ源義家の流れをくむ源氏の名門で、武家の棟梁としては申し分ない家柄と言えます。

　初代尊氏の後は２代義詮・３代義満と続き、義満の時に南北朝が統一されて室町幕府が本格的にスタート。以降、足利氏によって征夷大将軍は引き継がれていきますが、戦国時代に突入すると足利将軍家の権威は低下してしまうのです。

秀吉に任官の資格はあったのか？

　戦国時代に終止符を打った秀吉は、実力の上では足利将軍家に代わる支配者となれたわけですが、名実ともに天下人になるためには、相応の官位が欲しかったはずです。

　よく「征夷大将軍は源氏でなければなれない」と言われますが、実際には藤原摂関家や皇族も将軍になっています。ただ、征夷大将軍のような特別な官職を得るためには、源氏や平氏、あるいは藤原氏のような名門の出自であることが望ましかったようです。

　そこで秀吉ですが、残念ながら彼は名もなき百姓の出であり、源氏でも平氏でも藤原氏でもありません。つまり、任官の資格は無いとみなされていました。ただ、秀吉は五摂家筆頭の近衛家の養子となることで藤原氏出身の身分を獲得し、関白への就任を果たせたのです。

奥の手もあった？

　秀吉が征夷大将軍になるための奥の手として、逸話として語り継がれている「１５代将軍・足利義昭の養子になる」という奇策がありました。当時、１５代義昭は織田信長との権力争いに敗れて京都を追われ、毛利家に落ちのびていましたが、官職上は征夷大将軍のままでした。

　逸話によると、秀吉は義昭に対し「大名として取り立てるので、自分を養子にしてほしい」と頼みます。足利家を継いで次の将軍の座に就けば、自らの幕府を立ち上げられると目論んだのでしょう。しかし、落ちぶれていても義昭にはプライドがあります。どこの馬の骨とも分からない秀吉を養子にすることなどできるはずがなく、申し出を断ったのでした。

　ただしこの逸話は、後世の創作だという説が有力となっています。

おわりに

　仮に秀吉が本気で征夷大将軍の座を狙っていたとしたら、どんな手を使ってでも将軍の座に就いていたでしょう。しかし秀吉は将軍にはなりませんでした。

　「将軍が武家の棟梁であるなら、武士ではない百姓の出である自分は関白として、位人心を極めればいい…」

　こうしたことを秀吉は考えたのかもしれませんね。