【小倉百人一首解説】16番・在原行平「立ち別れ いなばの山の 峰に生ふる まつとし聞かば 今帰り来む」

  • 2026/07/02
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 「またね」 そう言って別れたのに、もう会えなかった人はいますか?楽しかった時間ほど、終わりは突然訪れ、ちゃんとさよならも言えないまま距離だけが広がっていく——。第16番・在原行平(ありわら の ゆきひら)の一首は、そんな別れの瞬間に、そっと触れてくる歌です。

 でも、これは単なる別れの歌ではありません。むしろ逆で、「また帰ってくる」という約束の歌です。しかも強く縛る約束ではなく、相手の気持ちにそっと委ねる、やさしすぎる約束。だからこそ、この歌は千年以上たった今でも不思議なくらい胸に刺さるのです。

 今回は「中納言行平」こと在原行平の和歌について、意味や現代語訳、表現技法から作者の波乱の人生まで、わかりやすく解説していきます。

原文と現代語訳

【原文】
立ち別れ いなばの山の 峰に生ふる まつとし聞かば 今帰り来む

【現代語訳(読み下し)】
「こうしてあなたと別れ、因幡の国へ旅立って行くけれど、稲羽山の峰に生える松ではないが、あなたが私を"待っている"と聞いたならば、すぐにでも帰ってきましょう。」

歌の解説

言葉の意味

  • 「立ち別れ」…複合動詞の前部「立ち」が動詞を強める形。「きっぱりと別れて旅立つ」という意味が強まります。
  • 「いなばの山」…因幡国(現・鳥取県)にある稲羽山。ただし「往(い)なば(行ったならば)」という仮定の意味も重ねられています(後述)。
  • 「峰に生ふる」…山の峰に生えている情景。次の「まつ」へとつなぐ序詞(じょことば)の役割も果たしています。
  • 「まつとし聞かば」…「松(まつ)」と「待つ(まつ)」の掛詞。「とし」は強調の助詞で「〜というものを」のニュアンス。
  • 「今帰り来む」…「今」は「すぐに」の意。「む」は意志を表す助動詞で、「すぐにでも帰ってこよう」という強い気持ちを示します。

構造と技法

<掛詞>この歌、実は"ダジャレのかたまり"だった

 この一首の最大の魅力は、なんといっても掛詞(かけことば)です。同じ音に2つの意味を持たせるテクニックで、この歌には2つの重要な掛詞が仕込まれています。

①「いなば」=因幡(地名)+ 往なば(去るならば)
 赴任地の「因幡の山」を指すと同時に、「往なば(=行ってしまったならば)」という仮定の動詞としても読めます。地名そのものが、切ない別れの言葉に重なっているのです。

②「まつ」=松(木)+ 待つ(待っている)
 「稲羽山の峰に生える松」という植物でありながら、「待つ」という動詞でもあります。山の情景が、一瞬にして人の感情へと転換され、「因幡に行くけれど、もし待っていると聞いたなら、すぐに戻ってくるよ」というストレートな感情が浮かび上がります。

 技巧はかなり高度なのに、感情は驚くほどストレート。一首に掛詞を二つ用いながらも全体の流れは滑らかで不自然さを感じさせません。これが行平の技量の高さの証拠であり、百人一首の中でもこれほど洗練された掛詞の使い方は珍しいと評されています。

<序詞>「ただの山の描写」が感情を倍増させるしくみ

「いなばの山の峰に生ふる」は、「まつ(待つ)」を導くための序詞としても機能しています。

 「待っていると聞けば」と直接言ってしまうと、感情がむき出しになりすぎてしまいます。しかし、稲羽山の峰に松が生えるという雄大な自然の情景を経由することで、都への思いがじわりと奥行きを帯びていきます。このクッションが、詩的な余韻を生み出しています。

<仮定条件>「ば」の一文字に詰まった切なさ

 「まつとし聞かば」の「ば」は、「もし〜ならば」という仮定条件を表します。つまり、この歌の核心は「聞いたら帰る」という強い意志でありながら、それがあくまで"仮定の話"として語られている点にあります。

 行かねばならない。でも、待っていてくれるなら帰りたい——。その葛藤を、直接言わずに仮定の構文に封じ込める。感情をあえて抑制した表現の中に、むしろ激しい思いが透けて見える。これこそが平安和歌の美学です。

和歌が映し出す心の世界

<別れの正体は「転勤」だった>

 この歌が詠まれた背景は、意外にも現実的です。作者・中納言行平が、因幡国(現在の鳥取県付近)への赴任を命じられた、いわば「転勤の挨拶」として詠まれたものでした。

 送別の席で見送りに来た人々を前に披露されたこの一首。当時はスマホもなく、気軽に会いに行ける距離でもありません。一度離れたら、もう二度と会えないかもしれない——そんな時代の切実な状況だからこそ、この言葉が生まれました。

<あえて「待ってて」と言わなかった理由>

 普通なら「待っていてほしい」「忘れないで」と言いたくなるところですが、行平はそう言いませんでした。「待っていると聞いたなら、帰るよ」と、あえて相手に決定権を委ねています。

 いつ帰れるかわからない遠い地へ行く身として、残される側に無理な約束を強いるのは残酷すぎる。相手の気持ちを尊重し、負担をかけたくないという優しさがあったからこそ、行平はあえて「待ってて」と言わずに逃げ道を残したのでしょう。それでも「すぐに帰るよ」と言い切る強い想い。この優しさと切なさの絶妙なバランスが、本首の核心です。

<現代人にも刺さる感情>

 転勤、引っ越し、進学、遠距離恋愛——形は違えど、「離れるけれど、これで終わりじゃないよね?」という不安や願いは、現代の私たちもよく知っているはず。だからこそこの歌は、千年経っても色褪せることがありません。

この歌が「おまじない」になった理由

 実はこの歌、文学の枠を超えて「いなくなったペット(特に猫)が戻ってくるおまじない」としても使われてきました。猫の皿をひっくり返し、その下にこの歌を書いた短冊を置いておくと帰ってくる、という風習が江戸時代以降に広まったとされています。

 明治の文豪・内田百閒の名著『ノラや』にも、失踪した愛猫「ノラ」を探すために、この歌をまじないとして用いた場面が登場します。猫を溺愛した百閒もまた、千年前の歌に「帰りを願う祈り」を重ねた一人でした。

 なぜこの歌がおまじないとして使われるのか。理由はシンプル。「まつとし聞かば今帰り来む」——帰ってくることを信じている歌だからです。

作者・在原行平とはどんな人物?

エリートにして、波乱の人生

 在原行平は、9世紀に活躍した平安時代前期の貴族・歌人です。平城天皇の皇子・阿保親王の子として生まれ、有名な在原業平(百人一首17番)の異母兄にあたります。

 播磨守・信濃守・蔵人頭・太宰権帥などの要職を歴任し、最終的には中納言(正三位)まで昇進した平安貴族社会のエリート。しかし順風満帆に見えるその裏に、「都を離れる経験」を何度も重ねた人物でもありました。

在原行平の肖像(パブリックドメイン)
在原行平の肖像(パブリックドメイン)

須磨への配流と『源氏物語』との意外な縁

 因幡赴任よりも前にあたる仁明天皇の時代(承和年間、834〜848年頃)、行平は摂津国・須磨へ配流(流罪)されています。

 詳しい理由は不明ですが、須磨での隠棲生活の中で「もしほ」と「こふじ」という姉妹(地元の海女と伝わる女性)と出逢い、「松風」「村雨」という雅名を与えて寵愛したという伝説が残されています。この伝説は室町時代に能の演目「松風」として結実し、今も上演され続ける名作となりました。

 さらに、この須磨での配流体験は、紫式部が『源氏物語』「須磨の巻」を執筆する際のモデルになったとも言われているのです。光源氏が都を離れて須磨で侘びしく暮らす場面の背景に、行平の実体験が重なっていると思うと、『源氏物語』の読み方もまた変わってきませんか?

教育者としての顔「奨学院」

 また、行平には教育者としての側面もありました。元慶五年(881)、在原氏など同族の子弟のために奨学院(しょうがくいん)という学寮を設立します。藤原氏の勧学院をモデルとしたこの機関は、後に「南曹の二窓」として高く評価されました。

 自ら歌を詠み、学び、そして後世に伝える。そのすべてを生涯かけて体現したのが在原行平という人物でした。

さいごに

 百人一首16番は、ひと言でまとめると「別れの歌のふりをした、再会の歌」です。

 掛詞の技巧は一流。感情はシンプル。優しさと弱さが同居。「いなば」と「まつ」という二つの掛詞を理解したうえで読むと、三十一文字の世界は一気に奥行きを増します。

 「まつとし聞かば今帰り来む」——その言葉には、離れていく側の切実な思いと、それでも再会を信じようとする意志の両方が凝縮されています。そしてその祈りのような言葉が時代を超え「帰れぬ者への願掛け」として受け継がれてきたこと自体が、この歌の普遍性の証ではないでしょうか。

もし今、大切な人と離れているなら、この歌に耳を傾けてみてください。行平が送別の場で人々に向けた「終わりじゃないよ」という温かく力強い声が、時を超えて聞こえてくるはずです。

【参考文献】
※Amazonのアソシエイトとして、戦国ヒストリーは適格販売により収入を得ています。
  この記事を書いた人
大学で日本中世史を専攻。 現在本業のかたわら、日本史メインでWeb記事やYouTubeシナリオを執筆中。 得意分野は古代~近世の日本文化史・美術史。 古文書解読検定準2級取得。

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