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【麒麟がくる】第23回「義輝、夏の終わりに」レビューと解説

東滋実
 2020/09/15

「麒麟がくる」第二十三回レビュー用

前回に引き続き、永禄7(1564)年です。前回のレビューでは長慶の死は秘密にされたのでは?と書きましたが、22話の「永禄7年冬」とは年末ではなく年始のことだったようですね。

史実で長慶の死が2年隠された、というのがどこまで徹底されたものかはわかりませんが、夏の時点ですでに尾張にいる秀吉が長慶の死を知っている、というのは、秀吉がすごいのか三好の緘口令がザルなのか……。

今回は徹頭徹尾、「遅すぎた」という話。最後の悪あがきをしようにもできなかった話です。

遅すぎた訪れ

この時点で、将軍・義輝をたすけようという者は光秀だけでした。光秀は義輝のために、信長の上洛を促そうと尾張を訪れますが、信長は美濃の斎藤氏と戦っている最中でそれどころではありません。忙しい信長に変わって接待を命じられたのは、このころ百人組の頭にまで出世していた木下藤吉郎(秀吉)でした。

「信長はいつ将軍様の御内書に目を通してくれるのか」と苛立つ光秀に、秀吉は突然古歌を口ずさんで「この歌はご存知ですか」と尋ねます。

「我がやどの花橘は散りにけり悔しき時に逢へる君かも」(万葉集・巻第十・1969)

『万葉集』の夏の雑歌です。訳すと「家の庭の花橘は散りました。残念な時にお見えになったあなたです」という意味になります。

なんとなく、「もう花橘も散って夏は終わってしまいました、あなたが早く来ないから」と相手がまめでないのを非難する歌のように思われるかもしれませんが、「悔し」は自分がしたこと・しなかったことを後悔する意味をもつので、ここでは「早く来てください」と言えばよかった、と自分が後悔している。そういう歌のようです。

夏に間に合わなかったことを後悔する。これはのちに義輝自身が語ることですが、今回のタイトルどおり、夏の終わりに後悔する、そして覚悟を決める義輝にかかる歌です。

後悔するのはもちろん義輝ですが、秀吉は「今から動いてももう遅い」と暗に言っているわけですね。

この歌について話した後、秀吉は三好勢が義輝を闇討ちするという噂がある、と言います。三好が動いた以上、本当にもう遅い。

物の値打ちは人が作る

義輝暗殺の話を聞いた光秀は、信長上洛の説得もできず急いで大和の多聞山城へ。暗殺計画の裏で糸を引いているというのが松永久秀です。

のちの永禄の変を実行するのは長慶の猶子・三好義継、三好三人衆、松永久通(久秀嫡男)らで、久秀自身は直接関わっていません。しかし、久秀なら企てを止めることができるという。

光秀は取る物も取りあえず久秀に会いにやってきましたが、結局企てを止めることはできませんでした。

久秀は居城で、堺の商人からどれかひとつを選んでくれと託されたという茶入の壺を吟味していました。同じような形の3つの壺はそれほど違いがあるように見えませんが、久秀はひとつを残してふたつを割ってしまいます。

この渡来ものの壺は田舎大名に名器といって高く売りつけるつもりだが、同じものが複数あると価値が下がる。だからひとつを残して唯一の品を売るのだと。

自身も名品コレクターの久秀は、目利きとして通っています。久秀は「物の値打ちは人が作る」と言います。「人」といってもそれはごく一部の限られた人間ですが、久秀は目利きとしてそれができる立場にあります。

物にもともと値打ちがあるのではなく、人が優劣を決め、値打ちを作る。久秀が名器と言えば、それは名器になる。

光秀は話をさえぎって本題に入ろうとしますが、久秀は話し続けます。

物の値打ちを人が作るのと同じように、「将軍の値打ちも人が決め、人が作っていく」のだと。将軍にふさわしければ値打ちは上がり、ふさわしくないと判断されれば下がる。下がれば、壊したくなる。しかし、久秀は義輝を殺しはしないといいます。都から追い払うだけだと。

今までさんざん対立してきた義輝と長慶。和睦後は長慶がうまく付き合っていましたが、もういません。義継の代になり、もはや今までの関係を維持することはできなくなってきた。それは長慶家臣の久秀にも止められないほどだといいます。

このあたり、永禄の変の首謀者は久秀ではない説が少し採用されているようですね。

秋の訪れを知る

久秀は、「光秀にとって義輝様はこの残すべき美しき物じゃ」とひとつ残した壺を指しました。

確かに光秀にとって義輝は将軍としていただくにふさわしい、将軍の器をもった人だったのでしょう。ただ、将軍らしくあろう、将軍の親政を、と動いた結果がこれであって、出る杭は打たれる。

次回タイトルが「将軍の器」ですが、将軍の値打ちを見極める側の人々にとって「将軍の器」とは何なのでしょうね。言葉のとおり、器だけの傀儡であることでしょうか。

義輝は将軍らしくあろうとあがき続けましたが、周りを見ればもう光秀以外誰もいません。

「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」(古今集・秋上・169)

義輝が引用した歌は『古今集』秋の歌の冒頭の歌で、藤原敏行が立秋に詠んだ歌です。

「ああ、秋が来たな」と、景色を目で見たところでは、はっきりとは分からないが、風の音を耳にすれば、おのずからはっと秋の訪れを感じさせられることよ」という意味。

義輝は朝目が覚めて、風の音に驚いたと言います。起き上がって人を呼びますが、誰も来ない。邸中を探し歩いても誰もいない。そんな誰もいない無音の邸では、そりゃあ風の音も大きく聞こえるというものです。義輝は風の音を聞いてもう自分の周りには誰もいない、もう遅いことを悟ったのです。

「わしの夏は終わった」という義輝の向こうには紅葉して落ちる葉が見えます。そういえば大河ドラマでは『平清盛』以来スケスケの烏帽子が採用されていますが、今回透ける烏帽子の向こうに見える紅葉の画はすごく良かったですね。

人生の盛りの時期はよく夏に例えられますが、義輝の夏はもう終わってしまいました。「欲を言えば、もっと早うに会いたかった」「遅かった」という嘆き、ここにあの萬葉集の歌が響きます。

諦め、覚悟を決めた義輝。次回、ついに「永禄の変」が起こります。次の将軍をめぐる争い、ここでようやく光秀が歴史の表舞台に登場します。


【主な参考文献】
  • 校注・訳:小島憲之・木下正俊・東野治之『新編日本古典文学全集8萬葉集3』(小学館、1995年)※本文中の歌の引用、現代語訳はこれに拠る。
  • 校注・訳:小沢正夫・村田成穂『新編日本古典文学全集11 古今和歌集』(小学館、1994年)※本文中の歌の引用、現代語訳はこれに拠る。
  • 奥野高広・岩沢愿彦・校注『信長公記』(角川書店、1969年)

  この記事を書いた人
東滋実 さん
大学院で日本古典文学を専門に研究した経歴をもつ、中国地方出身のフリーライター ...


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