「亀の前」北条政子妊娠中に源頼朝が夢中になった愛妾

源頼朝は、当時ではめずらしく恋愛結婚をしたとされる人物です。美貌の北条政子と愛し合い、政子の父・時政の反対も乗り越えて結婚しますが、わき目もふらず政子ひとりを愛した、というわけではなかったようです。

頼朝には政子の前に八重姫という妻がいたとされますし、また複数の妾もいました。ここで紹介するのは、妾のひとりである亀の前(かめのまえ)です。2022年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では、江口のりこさんが演じる亀の前。大泉洋さん演じる頼朝、小池栄子さん演じる政子とどのように関わっていくのか楽しみですね。

北条政子妊娠中に呼び寄せられた亀の前

頼朝の正室・政子は、養和2(1182)年にふたりめの子を懐妊しました。お腹の子はのちの源頼家です。

亀の前が歴史書『吾妻鏡』に登場するのは、その年(改元して寿永元年)の6月のことです。頼朝と亀の前は頼朝が伊豆に流されたころから昵懇の仲だったようで、寵愛し始めたのは養和元(1181)年ごろからでした。その後、頼朝はちょうど政子が出産でいない隙をねらって亀の前を呼び寄せて一緒にすごすようになったのです。

寿永元年6月1日条には、亀の前を小中太光家(中原光家)の小窪(現在の神奈川県逗子市)の宅に引っ越させました。通うにはちょっと不便なところに妾宅を構えたわけですが、これは外聞をはばかって目立たないようにするためでした。この場所は「濱に禊ぎに行く」と言い訳して出かけるのにちょうどいい場所だったのです。

亀の前は、良橋太郎入道の息女と伝わっています。『吾妻鏡』によれば「匪顔貌之濃、心操殊柔和也(訳:顔が美しいだけでなく、正確も穏やかで優しい)」(寿永元年6月1日条より)女性だったようです。

政子にバレて大騒動

こののち、亀の前は小窪の宅から伏見広綱の飯島の邸(同じく現在の神奈川県逗子市)に移され、同じように寵愛されていました。

しかし、頼朝が愛妾と浮気をしていることが、出産のため不在だった政子にバレてしまいます。政子の継母である牧の方が知らせたためでした。

『吾妻鏡』の寿永元(1182)年11月10日条には、浮気を知った政子が大変怒り、牧の方の父・牧宗親に命じて亀の前がいる広綱の屋敷を破壊させ、亀の前に恥辱を与えたことが記されています。亀の前は広綱に連れられて、大多和義久の鐙摺(現在の神奈川県の葉山町)の屋敷へ逃れました。

怒る頼朝は宗親を罰してさらに亀の前を寵愛した

キレた政子が広綱の邸をメチャメチャにさせた2日後、頼朝は遊興と称して亀の前が滞在する義久の屋敷を訪れ、政子に命じられて広綱宅を破壊した宗親を呼び出した上で広綱からくわしい話を聞きました。宗親は顔を地面にこすりつけて土下座し、弁解の余地もありません。

頼朝は怒り、宗親の髻を切り落としてしまいました。髻を切る行為は、例えば平安初期に在原業平が恋人の藤原高子(のちの二条后/清和天皇の女御)を盗み出して奪い返された際に髻を切られた例がありますが、当時の人々にとって髻切は恥辱でした。当時の男性にとって頭髪を人前で晒すことはとても恥ずかしいことで、烏帽子を被るために欠かせない髻を失うことは、外を出歩けなくなる大変不名誉なことでした。

「御台所である政子に従うのはいいが、それを私に伝えず亀の前に恥辱を与えるとは何事か」と頼朝に叱責された宗親は泣きながら逃亡しました。

頼朝はその日亀の前のところに泊まりました。亀の前はその後翌月の12月10日にふたたび小中太光家の家に移されました。亀の前自身は政子を恐れて嫌がったようですが、頼朝の寵愛は日に日にまして、そのまま一緒に過ごしたようです。

ちなみに、亀の前を屋敷に匿っていた広綱は、12月16日に遠江国(現在の静岡県)に流されてしまいました。これは政子の怒りがおさまらないので、何も悪くない広綱がとばっちりを受ける形で処分されたのでした。また、この亀の前事件により、政子の父・時政は抗議のため一族を率いて伊豆へ退去することになりました。

亀の前がその後どうなったのかは伝わっていません。


【主な参考文献】
  • 『国史大辞典』(吉川弘文館)
  • 『日本大百科全書(ニッポニカ)』(小学館)
  • 『世界大百科事典』(平凡社)
  • 『日本人名大辞典』(講談社)
  • 『吾妻鏡』(古典選集本文データベース 国文学研究資料館所蔵 寛永3年版本)※本文中の引用はこれに拠る。
  • 山路愛山・福田豊彦解説『東洋文庫477 源頼朝』(平凡社、1987年)

※この掲載記事に関して、誤字脱字等の修正依頼、ご指摘などがありましたらこちらよりご連絡をお願いいたします。

  この記事を書いた人
東滋実 さん
大学院で日本古典文学を専門に研究した経歴をもつ、中国地方出身のフリーライター。 卒業後は日本文化や歴史の専門知識を生かし、 当サイトでの寄稿記事のほか、歴史に関する書籍の執筆などにも携わっている。 当サイトでは出身地のアドバンテージを活かし、主に毛利元就など中国エリアで活躍していた戦国武将たちを ...

コメント欄

  • この記事に関するご感想、ご意見、ウンチク等をお寄せください。