「公家」とは?公家と公家社会、慣習や家格についてわかりやすく解説!

桜ぴょん吉
 2021/07/28

公家のイラスト

戦国時代において、正体がよく分からない存在の一つに公家があると思います。

平安時代であれば、公家は政治・文化の中心で、生活ぶりは古典文学などから想像がつきます。しかし戦国時代の公家となると一体何をしているのか、すぐ思い浮かぶ人は少ないのではないでしょうか。そもそも公家の社会や仕事じたいが謎に包まれている存在かもしれません。

そこで今回は、古典文学では描かれない公家社会の仕組みや身分、彼らの仕事を、戦国時代の状況を中心にご紹介します。

公家ってどんな人?ヒエラルキー大解剖

家格と極位極官

公家には「家格」があります。家格はスマホゲームのレアリティとほぼ一緒です。対応表は次の通り。

レア5★★★★★:摂関家
近衛・九条・二条・一条・鷹司
レア4★★★★:清華家
久我・今出川・転法輪三条・西園寺・徳大寺・花山院・大炊御門など
レア3★★★:大臣家
正親町三条・三条西・中院
レア2★★:羽林家、名家
羽林家 → 山科・四条・持明院・中山・冷泉・正親町・四辻・滋野井・庭田・飛鳥井など
名家 → 日野・広橋・柳原・烏丸・勧修寺・万里小路・葉室・中御門・西洞院など
レア1★:半家
五辻・白川・高倉・高辻・竹内・五条・東坊城・土御門など
レアなし:その他
武士など…その他。

多くの家があるように見えますが、共通の祖先を持つ一族も多数あります。たとえば摂関家は全て藤原道長の子孫。時代が下るにつれ、それぞれの屋敷がある地名で呼ばれるようになりました。

なので例えば近衛前久などは、公的文書に藤原前久と書くこともあります。

レア度が高いほど、スタート時(元服時)に得られる公家社会上の地位が上がります。また、同じ立場の場合、レア度が高いほど優遇されます。さらにレア度によって、最終的に到達できる立場の上限が決まっており、これを「極位極官(ごくいごっかん)」と言います。

ではその「位」と「官」とは一体どういうものなのでしょうか?

位階と官職、それぞれの違い

位階(いかい)

位階は、スマホゲームで例えると、各キャラのレベルに相当します。任務をこなすことで上昇し、位階によって就ける官職が変わってきます。

※参考:律令制における位階
序列位階
1正一位
2従一位
3正二位
4従二位
5正三位
6従三位
7正四位上
8正四位下
9従四位上
10従四位下
11正五位上
12正五位下
13従五位上
14従五位下
・・・(上記以降省略)

位階の表記は基本的に「正/従〇位上/下」です。

まず「〇位」の部分は、数字が小さいほどレベルが上です。

次に「正」と「従」は「正」のほうが上で、たとえば「正二位」は「従二位」よりレベルが高い表記です。末尾の「上」「下」は四位以下の位につき、「上」のほうが上位です。

位階で最もレベルが高いのが「正一位」、そのまま規則通りに「従八位下」まで行くと、最後は「大初位上」「大初位下」「少初位上」となり、「少初位下」が最下位です。

公家は全員必ずしも「少初位下」からスタートしません。たとえばレア2の羽林家出身・山科言継は、最初の位は「従五位下」でした。「従五位下」といえば柴田勝家や明智光秀が亡くなった時の位に相当します。

なので、たとえ家格がレア2であっても、全体的にみれば、かなり上のレベルからスタートしていることがわかります。

官職(かんしょく)

官職は朝廷における役職です。太政大臣や左大臣、大納言などを指します。

主な役職と定員は律令に定められていますが、時代の変化とともに新たな役職ができたり定員が増減したりしました。おなじみの征夷大将軍や関白、摂政や中納言、少納言は新たに創設されたほうの官職です。

それぞれの官職に就くには一定の位階が必要です。たとえば右大臣は従二位か正二位の者が就くとされています。織田信長は天正5(1577)年に右大臣となる折も、正三位から従二位に昇進しています。

よく聞く「公卿」「殿上人」との違いは?

公家の類語といえば「公卿」と「殿上人」です。

「殿上人(てんじょうびと)」とは、天皇の住まい(清涼殿)に入れる人を指します。位階が五位以上か、六位でも「蔵人」の官職にある人がそれに当たります。人数推計は約50名。 「公卿」は高い位が必要な官職に就いている殿上人をさします。人数推計は約20名程度です。

コラム:羽柴秀吉の関白就任について

レア度なしの底辺に生まれながら、従一位・関白になった人物がいます。そう、豊臣秀吉です。

秀吉のイラスト

規則では、関白には摂関家しかなれないルールですが、秀吉は合法的手段でこの規則をひっくり返しました。それは、「養子」です。

秀吉の旧主・織田信長の友人に、近衛前久という公家がいました。秀吉は、本能寺の変に関与した疑い等で、前久を京都から追放していました。しかし今回、秀吉は彼を利用しようと思い立ったのです。早速秀吉は前久の猶子(相続に関与しない養子)となり、近衛(藤原)秀吉として関白になってしまいました。

彼が豊臣の姓を与えられたのはもう少し後のことになります。

公家って何をしていたの?主君、仕事など

公家の主君

公家の主は天皇です。公家の賞罰の最終決裁権は天皇にありました。

ただし、小規模な公家の場合は有力公家の家や武家の家に出入して、家の雑用を引き受けたり、行事の時に行列に参加したりすることもありました。

公家の仕事

公家の仕事は、主に天皇の補佐としての事務仕事全般です。

天皇の仕事としては、戦国時代においては、重要な神事の実施・改元・和睦斡旋・公家が関わる争いごとの調停、などがありました。公家たちはそれぞれの得意分野や人脈をいかして、講和の使者にたったり、文書の起草をしたり、前例を調査したり等を受け持ちました。

例えば「天正」の改元には今出川晴季・四辻公遠・高辻長雅・持明院基孝・甘露寺経元らが関わっています。

例外として、摂政や関白は日常の雑務には関与せず、践祚など特に重要な行事にのみ関わりました。ただ、財政難のためそれらの行事はたいてい中止か無期延期に追い込まれており、位の高い公家の仕事は事実上ゼロでした。

公家の収入源

公家の主な収入源は年貢収入です。彼らは各地に荘園を持っており、家来を派遣して領地の統治や年貢米の回収をしていました。

戦乱の世になると、九条政基のように京都を離れ、自らの荘園に滞在するような人もいました。ただし大半の荘園は武士に荒らされて、本来の領主である公家のもとに年貢が入らないこともありました。

他にも臨時収入として、書類作成時の手数料や、有力戦国大名からの支援、写本などの内職の賃金などの収入がありました。まとまった金子が必要になったときは、先祖伝来の衣装や調度品を質入れして用立てることもあったようです。

公家社会の文化や慣習

伝統文化継承

公家は各家が伝統文化を代々伝える役割を担っていました。

内容は、楽器などの娯楽や和歌、また装束の整え方といった実務的なものもありました。中でも現代人に最も身近なものは、古典文学作品の継承です。

現在、私たちが日本の古典として触れている文学作品の多くは、公家が代々伝えてきたものです。戦国時代以前では、そもそも識字率も低く、文学を味わえるほど教養も余暇もある人は人口のごくわずかでした。

本を得るにも手で書き写すしかなく、本をそろえるのにもかなりの手間とお金がかかっていました。なので、世の中に1冊しかない本も多数あり、たとえば近衛家の文庫が焼けると多くの作品が世の中から永遠に失われてしまう、という状況でした。

公家たちは、それらの作品を守り伝えるのみならず、難解な語句の解釈を伝えたり、写本を作ったりと、文芸作品の維持や研究にも取り組んでいました。

歴史史料としても有用な公家日記

公家は慣習として日記をつけていました。目的は、自分が参加した儀式の手順を記すことで、いわば自作のマニュアルを残すことです。

現代では、冠婚葬祭や入社前などにマナー本やマナーサイトを見ることがありますが、当時はそのような品はほぼありません。ですので、子孫が困らないようにとの意識から、詳細な日記が残っています。中でも特に詳しく正確な日記は、口コミで評判が広まって、他家から借用依頼が来ることもありました。

もちろん、日常の些細な内容や、世の中の動向、愚痴など今の日記にあるような内容も残されています。彼らの記録によって、たとえば織田信長が本能寺で天正十(1582)年6月2日に殺害されたと分かったり、その後の動乱に関する同時代の人々の評価が分かったりします。

公家日記は、現代で歴史を研究する上で欠かせない史料の一つなのです。

まとめ

公家が栄華を極めたのは、戦国時代より五百年も前のこと。公家にとって戦国時代は、日々騒がしくなる京都に怯え、年々少なくなる収入に心細くなりつつも、天皇を支え地道に文化を保持する暮しだったように思います。

確かに時代の主役ではないものの、華麗な戦国武将の活躍の片隅にしっかり名前を刻んでいる公家たちの、気高くもしたたかな暮らしに目を向けても面白いかもしれません。


【主な参考文献】
  • 『言継卿記』全6冊(続群書類従完成会、1965~1967年)
  • 『山科家礼記』全6冊(続群書類従完成会、1967~1973年)
  • 『続群書類従 補遺 お湯殿の上の日記』全11冊(続群書類従完成会、1994~1995年)
  • 中世公家日記研究会編『日本史史料叢刊1 政基公旅引付 本文篇・研究抄録篇・索引篇』(和泉書院、1996年)
  • 谷口研語『流浪の戦国貴族近衛前久』(中公新書、1994年)
  • 神田裕理『戦国・織豊期の朝廷と公家社会』(校倉書房、2011年)
  • 伊藤慎吾『室町戦国期の公家社会と文事』(三弥井書店、2012年)
  • 神田裕理編『ここまでわかった戦国時代の天皇と公家衆たち』(洋泉社、2015年)
  • 末柄豊『日本史リブレット82 戦国時代の天皇』(山川出版社、2018年)

  この記事を書いた人
桜ぴょん吉 さん
東京大学大学院出身、在野の日本中世史研究者。文化史、特に公家の有職故実や公武 ...

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