煎茶を広めた売茶翁という男…なぜ人々は彼に癒されたのか

売茶翁の肖像(出典:wikipedia)
売茶翁の肖像(出典:wikipedia)
 江戸時代、庶民に煎茶の慣習を広めた売茶翁(ばいさおう、1675~1763)という人物がいます。元々は禅宗の僧でしたが、禅宗の教えを極めた後、57才の時に突然、寺を出て煎茶売りを始めます。自ら茶道具を背負い、京の町の神社やいろいろな通りで煎茶の店を開いたそうです。

 なんともアクティブな方ですね。笑顔が印象的で見るからに不思議な風貌が人気を呼び、売茶翁(茶を売るお爺ちゃん)の名前となったそうです。なぜ人々は彼の煎れる茶に癒されたのか考察してみます。

禅僧として生きた半生

 売茶翁は江戸中期の禅僧です。延宝3年(1675)に現在の佐賀市にて生誕。本名は柴山元昭。父は肥前国蓮池の領主・鍋島家に仕える御殿医でした。11才で出家した売茶翁は肥前の龍津寺で黄檗宗(おうばくしゅう)の禅を学んでいます。

 出家が11才とは早すぎますね。彼に特別な才能があったのでしょう。仏の教法や仏の功徳をたたえる韻文を偈(げ)といいますが、彼は13才の時に与えられたというから驚きます。禅僧としての月日は苦行に励みながらも、病に患うことも多かったようです。心身共に痛みを知った経験が晩年の生き方に繋がったのかもしれません。

煎茶売りになる

 彼が思い立ったのは57才の時です。当時の寿命を考えるともう結構な年齢です。だからこそ決心したのかもしれません。

 龍津寺を下の者に任せ、京に出向きました。そして煎茶売りとして自分で茶の道具を持ち歩き、京のあちこちで人々に煎茶を飲ませたのです。今でいう移動カフェを想像してしまいますね。きっと京の人たちはワクワクしたことでしょう。

 でもなぜ、禅僧だった人が茶を売り歩くようになったのでしょうか。一説に、僧侶という世界に不満や諦めを抱いたからではないかといいます。僧侶としての経験値を重ね、何か思うところがあっての決心だったのでしょう。今でいう転職というほど簡単な理由ではないはずです。人生の最後のステージを自分のやりたいように生きたくなったのであれば大きく頷けますが。

喫茶店のマスターの祖

 ところで売茶翁のお店はどんな感じだったのでしょうか。享保20年(1735)、61才の時に京都東山に茶亭・通仙亭を開きました。京の大通りにも簡素な店を出しました。しかし売茶翁が店を開く時間も場所も定まっていたわけではないようですね。

「春は花によしあり、秋は紅葉にをかしき所を求めて自ら茶道を担いて至り、席を設けて客を待つ」
(「近世畸人伝」伴蒿蹊著1790年)

とあります。人が心の潤い(煎茶)を求める場所に彼は赴いたのです。

 売茶翁のその姿が妙であるのも口々に広がりました。白髪を支那風に首の後ろに垂らしていたとか。彼と交流のあった画家伊藤若冲の絵にも描かれています。

 売茶翁の丁寧に煎れてくれる煎茶のまろやかさは格別だったそうです。茶代は定めていなかったようで、飲んだ人のお気持ち次第とのこと。仙人のようなお方だったことが想像できます。

 売茶翁の人気は単に煎茶の美味しさだけではありません。客に対しての貴賤の別がなく、欲得の勘定もなく接したところです。つまりは偉い人も庶民も皆、同じであるという空間を作ったのでしょうね。

 一杯の茶を出しつつ、お客と長閑に語り合う翁。話題そのものに特別な内容があるわけでなく、禅の話などは全くなかったといいます。客は自分の話を傾聴してくれることが嬉しかったのでしょう。喫茶店のマスターの元祖と言えそうですね。

 売茶翁が茶道具を入れて持ち歩く、ポータブルの茶箱。竹で編んだ高さが約38cm、横が約30cmのもので「泉石・良友」と書いてありました。どんな意味でしょうね。「泉石こそ良友なり」「泉石と良友があれば、ほかのものは無用」とも読めます。

 元僧侶っぽく偉そうなことを説くのではありません。客の話に耳を傾けながら煎茶を煎れる売茶翁の姿に、誰もが静かな人生訓を感じたに違いないです。

売茶翁の終わり方

 81歳になった売茶翁は、老いを感じて廃業することを決意しました。驚いたことに、自分の長年使ってきた茶道具を焼いて処分してしまったのです。それには彼なりの確固たる理由があるようです。自分の死後、茶道具が世間の俗物の手に渡り、辱められたくなかったからと。まさしく身も心も仙人のような方です。

あとがき

 堅苦しさのない煎茶は、日本人の日常生活の一部です。居間のテーブルに茶筒と急須を置いている家庭も多いのではないでしょうか。

 仕事で外にいる時、ペットボトルの煎茶を飲んで、空を見上げる時もあるでしょう。誰しも世俗の中で自分に鎧を着て生きていかなければなりませんからね。どんな人でも素直な心を取り戻す時間を大切にしてほしいことを、売茶翁は煎茶を通して伝えたかったのではないかと思いました。

 売茶翁の煎茶が飲んでみたいです。


【主な参考文献】
  • 高野澄「売茶翁―笑顔で煎茶を広めた」『江戸生きかたの達人たち 』(河出書房新社、2002年)
  • 千宗室監修 熊倉功夫 田中秀隆編『茶道文化論』(淡交社、1999年)

※この掲載記事に関して、誤字脱字等の修正依頼、ご指摘などがありましたらこちらよりご連絡をお願いいたします。

  この記事を書いた人
さとうえいこ さん
○北条政子に憧れて大学は史学科に進学。 ○俳句歴は20年以上。和の心を感じる瞬間が好き。 ○人と人とのコミュニティや文化の歴史を深堀りしたい。 ○伊達政宗のお膝元、宮城県に在住。市民ライターとして地元の魅力も発信中。 ○息子(既に成人)の使わなくなった日本史の教科書を  捨てられずにリビン ...

コメント欄

  • この記事に関するご感想、ご意見、ウンチク等をお寄せください。