※ この記事はユーザー投稿です

馬毛島てんやわんや騒動 やっと動き出した日本政府

馬毛島全景
馬毛島全景
 2022年10月11日に「国の安全保障上重要な土地の利用を規制するため、政府は11日、重要土地等調査法に基づく ”土地等利用状況審議会” を東京都内で開き、対象地域の選定に着手した」というニュースが流れました。

 これだけ聞くと「何それ?」と思われることでしょう。実は、ここに来るまでには面白いというか危ないというか、色々なことがあったのです。今回はその「色々なこと」の代表である「馬毛島騒動」を詳しく解説しましょう。

馬毛島とは?

 種子島の西方12kmにある無人島です。古くから移住、開発されてきた歴史がありますが、地質が悪く農業には全く適しておらず、結局は移住してきた人達も諦めて去ってしまい、現在は「日本で2番目に大きい」無人島となっています。

 農業はできないし、かといって場所が悪すぎてテーマパークなど作っても誰も来そうもありません。そもそも連絡船も無いし、電気・水道・ガスなどのインフラも全く無いので「使いようがない」という、「ムダに大きな島」なのです。

馬毛島の位置
馬毛島の位置

 しかし冒頭に挙げた写真で分かるように、馬毛島には十字型に2本の線が入っています。実はこれは「飛行機の滑走路」なのです。なぜ無人島に飛行機の滑走路があるのか不思議に思いませんか? まずは、それからお話しましょう。

馬毛島騒動の始まり

 昭和49年(1974)、平和相互銀行が馬毛島開発株式会社を設立し、島ごと買収しました。

 当初はレジャー施設の建設を計画していたそうですが、失敗しています。その後、石油備蓄基地の候補地になったことから、島の土地買収が進んだのですが、結局、石油備蓄基地には選ばれず、馬毛島は放置されることになりました。

 そして昭和58年(1983)、右翼活動家のTという人物が、所有者の平和相互銀行に馬毛島をレーダー基地として自衛隊に売却するという案を持ち込み、平和相互銀行から金を引き出して政界にばらまきました。しかし、この金は平和相互銀行が不正経理で用意したものであることが発覚。経営が悪化した平和相互銀行は住友銀行に救済合併されます。結局、馬毛島は放置されたままでした。

 そして平成7年(1995)、立石建設が馬毛島開発株式会社を買収して子会社化。その目的は日本版スペースシャトル(HOPE)の着陸場、使用済み核燃料中間貯蔵施設の候補でしたが、いずれも挫折してしまいます。

普天間基地移設問題

 2009年に行われた衆議院選挙で民主党が大勝し民主党政権が発足すると、思わぬことが発生します。沖縄の普天間基地移設問題です。

 自民党政権時代に辺野古への移転が決定していたのを白紙に戻し、「最低でも県外」という構想を民主党政権は打ち上げました。当然ながら、あちこちの場所が候補に上がりましたが、馬毛島はその中でも有力な候補となったのです。

 タストン・エアポート株式会社に社名を変更していた馬毛島開発株式会社は俄然、色めき立ちました。何しろ「日本で2番目に大きな無人島」で広さは十分ですし沖縄も近いし、無人島なので反対する人もいません。そこでタストン・エアポート株式会社は馬毛島を普天間基地の移設先として決定的なものにするべく、莫大な金額を投資して飛行機の離発着が出来る滑走路を2本作ったのです。それが現在でも残る滑走路です。

 ちなみに滑走路というのは飛行機が離発着しますので、通常の道路とは異なり、とても大変な工事を必要とします。普通の道路は「2層構造」ですが、飛行機の滑走路は「4層構造」という、強固で水はけの良い構造にしなければならず、莫大な金額の工事を必要とします。

 逆に言うと、莫大な金額がかかる滑走路を事前に作っておけば、後から滑走路を作る必要が無いので、移転先としては都合が良い訳です。しかも4000mという長さの滑走路で、これだけの長さの滑走路を持つ空港は多くありません。荷物を満載した大型輸送機では、最低離陸滑走距離が3000mを超えるので4000mというのは十分な長さでした。

 ですので実際、馬毛島は普天間基地の移転先として真剣に検討されました。しかし米軍は馬毛島への移転に対して「NO」という返事をしてきたのです。理由は分かりませんが、米軍の沖縄基地は「戦略的拠点」としての意味合いが大きく、その観点から馬毛島は適切と言えなかったらしいこと、更に米軍には「辺野古への移転は既に決定事項」という認識もあったようです。

 結果的に莫大な投資をしたタストン・エアポート株式会社は踏んだり蹴ったりな目にあってしまったのです。

中国からのオファー?

 と言う訳で、売り損ねてしまったタストン・エアポート株式会社に思わぬ所から買取のオファーが合ったらしい、という噂が流れました。何と中国政府が馬毛島を買うと言っているというのです。

 この噂を聞いた防衛施設庁は驚愕しました。一体、中国は何のために馬毛島を買おうというのか、その目的は1つしか考えられなかったからです。それは「軍事施設」です。

 軍事施設といっても軍隊を置く基地を作ることは出来ません。何故なら日本には武器の所有に関して厳しい法律があるので軍隊を置けないのです。ですが、レーダー基地なら可能でした。もし馬毛島を中国に買われてレーダー基地を作られてしまったら、沖縄の米軍基地や九州、中国地方の自衛隊の無線が全て傍受されてしまう事態となり、日本の安全保障に大きな影響が出てしまいます。

 「そんなことが許されるのか?」と疑問を持つ方もいらっしゃるでしょう。しかし現在の日本の法律は、土地の取得に関して全く安全保障の面を考慮していないのです。実際に日本の土地は、海外の人でも所有者が売ると言えば買うことが出来ます。

 また、買ったあとに何に使うかについて安全保障面からの規制もありません。もし本当に中国が馬毛島を買ってレーダー基地を作った場合、日本政府は、何も手が打てないばかりか、所有者の許可が無ければ立ち入ることも許されないのです。

 そうなったら最悪です。何が何でも中国に渡すわけにはいきません。焦った防衛施設庁はタストン・エアポート株式会社と馬毛島の買取交渉を開始することにしましたが、交渉は難航しました。

 というのもタストン・エアポート株式会社も滑走路を作るのに巨額の投資をしており、その回収が出来ない値段では売ることは出来ません。しかし「大きいだけの不毛の無人島」を巨額の金額で買い取ることは日本政府には簡単には出来ませんでした。予算は限られており、いくら安全保障面での危険を主張しても財務省は首を縦には振ってくれなかったからです。

強制代執行という手段

 中々、交渉が進まない中、政府の内部では「いっそ強制代執行してしまえばどうか?」という意見も出ました。かつて千葉の成田空港建設用地の買収で反対派と揉めに揉めた結果、ついに政府は強制代執行という手段に出て、無理やり用地確保を行ったことがあります。馬毛島もそうしたらどうか? と言う訳です。

 しかしこの案は駄目でした。成田の場合は「反対派」という問題になる対象がはっきりしており、それに対し「成田国際空港の安全確保に関する緊急処置法」という法律を国会で可決成立させたうえで強制代執行を行ったのです。こういった法律は「個別の案件」に対して適用されるので「個別法」と言います。

 馬毛島の場合、まだ中国が取得した訳でもレーダー基地が建設されている訳でもないので、問題となる対象すらはっきりしていません。さらに強制代執行後の馬毛島の使用用途も決まっていません。つまり、無理やり個別法を成立させて強制代執行を行うことは単にタストン・エアポート株式会社の所有物を日本政府が目的もなく奪うだけの意味しか持たないのです。

 これでは、とても国会で成立させることはできませんし、仮に行ったとしても逆にタストン・エアポート株式会社から訴訟を起こされ、国が負けるであろうことは確実でした。その場合、タストン・エアポート株式会社と国の関係は「最悪」になるでしょう。そうなったら交渉すらできなくなってしまいます。ですので強制的な手段に出ることは、いかなる面から見ても出来なかったのです。

国立公園に指定してしまうという手段

 実は日本の法律で唯一、土地取得に際して政府の許可が必要な場所があります。それは国立公園の敷地内です。国立公園法は「自然を守る」という主旨の元に制定された法律で国立公園内では許可なく勝手な行為はできないのです。

 こうした点から、馬毛島を国立公園に指定する、という手段も考えられたようです。しかし、すぐ近くにある種子島にはロケットの打ち上げ基地があり、打ち上げ時には物凄い爆音と地響きが起こります。そんな場所の至近にある馬毛島だけを国立公園に指定するのは無理があり過ぎました。一部には「屋久、霧島国立公園の一部に編入してしたらどうか」という意見もあったようですが、間には種子島という大きな島があり、種子島を無視して馬毛島だけ編入するというのも、さすがに変な話です。

 仮の話ですが、無理やり指定した場合でもタストン・エアポート株式会社が行政訴訟を起こせば、これも確実に国の敗訴確定です。あらためて日本の政府首脳は日本の土地取得の法律の抜け穴に気が付いた、という訳です。

ついに成約 そして

 2019年11月29日、防衛省とタストン・エアポート株式会社は約160億円という金額で馬毛島の売買契約の合意に至りました。

 用途としては、自衛隊の訓練基地に使うことと、米軍も訓練に使わせて欲しいという申し入れがあったので、立川にある横田基地のような「日米共用使用」を想定していたようです。しかし種子島の住民から反対運動が起こり、取得には成功したものの、用途については未だにめどは立っていません。

 とはいえ、何とか中国に取られてしまうことだけは避けることができたのです。そして馬毛島を巡る一連の騒動を通じ、日本政府は、あらためて「日本の土地取得における安全保障の問題」に着手しました。それが冒頭に述べた、国の安全保障上重要な土地の利用を規制するための重要土地等調査法に基づく「土地等利用状況審議会」です。

 この審議会では日本の安全保障の観点から重要な場所を「特別注視区域」として指定し、その場所の土地取得に際し国の許可が必要とされ、必要とあれば勧告、命令も出せるようになります。

 今のところ離島を中心に58カ所が候補として挙げられ、2022年中には指定される見込みです。主な所としては以下のような場所が挙げられています。逆に言うと日本には58カ所も「危ない場所」があったのです。

特別注視区域候補地
特別注視区域候補地

 馬毛島にはマゲシカというニホンジカの1亜種である馬毛島固有のシカがおり、種子島の漁師にとっては馬毛島周辺は好漁場であることから地元では「今のままでいいじゃないか」という声が多く聞かれるそうです。

 政府としては160億円という金額で買った島だから「何かに使いたい」と思うのは当然ですが、「何もしない事が最善」というケースは多いものです。なまじ余計なことをしたばかりに更なる問題を引き起こすより、馬毛島については、もう「そっとしておく」のが良いように思われます。少なくとも「特別注視区域が必要だ」ということを政府首脳に気付かせただけでも馬毛島は十分に役割を果たしたと言えるのです。

 いくら滑走路があるといっても、もう放置されて長い年月が経っていますので、そのままでは使えません。相当に大規模な補修工事が必要ですし、インフラの整備も必要です。それにはまた大変な金額がかかるでしょう。その「大変な金額」が誰かのためになるのであれば良いのですが、現状ではそうは思えない、というのが素直な感想なのです。

※この掲載記事に関して、誤字脱字等の修正依頼、ご指摘などがありましたらこちらよりご連絡をお願いいたします。

  この記事を書いた人
なのはなや さん
趣味で歴史を調べています。主に江戸時代~現代が中心です。記事はできるだけ信頼のおける資料に沿って調べてから投稿しておりますが、「もう確かめようがない」ことも沢山あり、推測するしかない部分もあります。その辺りは、そう記述するように心がけておりますのでご意見があればお寄せ下さい。

コメント欄

  • この記事に関するご感想、ご意見、ウンチク等をお寄せください。