日本一有名な埴輪「踊る埴輪」 その文化財的価値と形状の真相に迫る

 「埴輪」と聞いたら、“目と口を丸く開け、鼻はまっすぐで、片手は上に、もう一方の手は下” になっている埴輪を想像しませんか? 個性的かつ簡単な造形が魅力的で、埴輪をモチーフにしたキャラクターやグッズも大抵はこの埴輪ですよね(ハニ丸は違いますが…)。

 みなさんがイメージする埴輪は一般的に「踊る埴輪」と言われるものです。今回はこの「踊る埴輪」について迫りたいと思います。

「踊る埴輪」とは

 「踊る埴輪」は昭和5年に現在の埼玉県熊谷市大字野原字宮脇にあった野原古墳群内の “野原古墳(全長40mの前方後円墳)” から出土し、東京帝室博物館(今の東京国立博物館)で修復され、今に至ります。

 現在は「踊る埴輪&見返り美人修理プロジェクト」による修復部劣化や本体亀裂等の修理中で見ることはできませんが、2024年秋以降に再公開される予定です。

 因みに大きさは約63cmと約57cmの2体あり、大きい方が女性で小さい方が男性(頭長部に美豆良あり)と言われています。

野原古墳出土の「埴輪 踊る人々」(出典:ColBace) 大(画像左側)と小(画像右側)の2体がある。
野原古墳出土の「埴輪 踊る人々」(出典:ColBace) 大(画像左側)と小(画像右側)の2体がある。

有名なのに指定文化財じゃないのは何故?

 埴輪のような形のある文化財は “有形文化財” に分類されます。

その中でも “指定文化財” は

「文化財保護法や地方自治体が定める条例によって、特に重要と認められた文化財」

を指します。

 では「踊る埴輪」は非常に有名で、しかも東京国立博物館にあるのだからさぞかし凄いもの!と思いきや、国宝どころか発見された熊谷市の指定文化財にもなっていません。何故こんなに有名なのに指定文化財になっていないのでしょうか?

 ここでポイントになるのは“特に重要”という言葉。これを詳しく説明すると「歴史上・芸術上・学術上価値の高いもの」だそうです。「踊る埴輪」は造形が単純なので当時の様子が明確にわかる訳ではなく、歴史的に価値があるかと言えば「・・・。」となる訳です。

 また、指定文化財になっている他の埴輪に比べて復元部分が多い(下半身はほとんど復元)というのも残念な点です。つまり、かなり復元者の想像が入った形で、作られた当時のまま忠実に復元できているか、と言われれば「・・・。」となってしまい学術上の価値も下がってしまうのですね。

 要するに、個性的で人気はあるが、歴史上・学術上の価値は・・・、というのが指定文化財になれない理由なのです。

指定文化財となった埴輪の例

 ここで国宝指定となった埴輪「挂甲武人」を見てみましょう。

東京国立博物館のHPには、

「挂甲と(中略)、完全武装した東国武人の姿を表している。人物埴輪の中でもきわめて優れた作品で、熟練した工人の作品であることを窺わせる。」

とベタ褒めで紹介されています。

「埴輪 挂甲の武人」(出典:ColBase)
「埴輪 挂甲の武人」(出典:ColBase)
よく見ると、細部にわたってしっかりと作り込まれている
よく見ると、細部にわたってしっかりと作り込まれている

 つまり、当時の武人の格好が非常に良く分かり歴史的・学術的に価値がある、芸術的にも優れている、といったところでしょうか。さすが、国宝です。

 対する「踊る埴輪」について同HPでは、

「踊る男女とも呼ばれる特徴的な人物埴輪である。(中略)大胆にデフォルメされた顔に左手を挙げたポーズから剽軽に踊る人々を連想させるが、(後略)。」

と紹介されています。

 大胆にデフォルメされた剽軽な埴輪と評価されるあたり、キャラクターには最適ですね。

本当は何の埴輪なの?

 これは未だにはっきりと結論が出ていません。復元したら“まるで踊っているかのよう”に見えたので「踊る埴輪」と言われるようになりましたが、その後、昭和37年の発掘調査により様々な形象埴輪が発見され、野原古墳自体の全貌も明らかになりました。

 それによって、現在は以下の2つの説が有力です。

 1つ目は、「馬飼(馬子)の埴輪」という説。「踊る埴輪」は確かに個性的な顔をしていますが、片手を挙げて…という例のポーズをとる埴輪は全国でも珍しくありません。そして、大抵この格好をした埴輪の後ろには“馬の埴輪”が置かれています。

 よって、この格好の埴輪は一般的に馬飼(馬子)の埴輪とされます。「踊る埴輪」は個性的な造形なために他とは違う特別感がありますが、意外と他の埴輪を同じ役割だったのかもしれません。

 2つ目は、「踊る人の埴輪」という説。小さい方(美豆良のある男像)は腰紐に鎌のようなものがついていることも確認でき、馬飼ではなく農夫ではないかと言われています。

 また、大きい方(女像)は腰紐はありますが鎌は確認できません。しかし、同じような姿格好をしているので、この2体は農夫婦なのでしょうか。

 また、先に紹介した東京国立博物館HPでは、

「同じ古墳からは儀式に参列する人物を表したとみられる埴輪が多く出土しており、おそらく殯などの葬送の場における歌舞の姿を写したものともみられる」

と紹介されており、こちらは踊る人説を支持していますね。

 これまでいろいろな埴輪を見てきた私の中では、「馬を連れて葬儀に参列した農夫と、その葬儀で踊りを披露した農婦」という結論になっていますが、みなさんはどう考えますか?

踊る埴輪に似た顔の埴輪があるって本当?

 これまで何度も「踊る埴輪」は “個性的” と書いてきましたが、個性的なのは “顔” ですよね。東京国立博物館も “大胆にデフォルメした顔” と紹介するくらいです。

 実はこの「踊る埴輪」と同じように “目と口を丸く開け、鼻はまっすぐ” な顔をした埴輪が存在するのをみなさんはご存知ですか? それは「踊る埴輪」と同じ、東京国立博物館に所蔵されている「笠を被る男子頭部」埴輪です。

「埴輪 笠を被る男子頭部」(出典:ColBase)
「埴輪 笠を被る男子頭部」(出典:ColBase)

 「似てる…」と思いませんか? 実はこの埴輪、「踊る埴輪」と同じ野原古墳から出土しているのです! つまり、作者が同じか当時の埴輪職人たちの間でこのようなブームがあったのかも、と思うと興味深いですね。

おわりに:埴輪の魅力

 今回は「踊る埴輪」について説明しましたが、埴輪は全国あちこちで発見され、博物館や資料館に行くと大抵見ることができます。

 私は大の埴輪好きですが、埴輪の魅力は何といっても「文字や絵といった2次元ではなく、3次元で当時を文化などを知ることができるわかりやすい資料」ということではないでしょうか。

 古墳の威厳や厳粛さを表すために並べられた円筒埴輪列、当時の生活や儀式を立体的に把握できる形象埴輪たち。人物埴輪に至っては当時の服装まで見ることができます。

 また、作り手や地域によって様々な表情や形がありますので、造形の細やかさだけでなく、同じような埴輪でも見比べて違いを探してみる等、埴輪を見るときの楽しみ方はたくさんあります。みなさんもぜひ、独自の埴輪の見方を探してみてはいかがでしょうか。


【主な参考文献】 【取材協力】
  • 東京国立博物館
  • 熊谷市 熊谷市江南文化財センター

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  この記事を書いた人
まつおか はに さん
はにわといっしょにどこまでも。 週末ゆるゆるロードバイク乗り。静岡県西部を中心に出没。 これまでに神社と城はそれぞれ300箇所、古墳は500箇所以上を巡っています。 漫画、アニメ、ドラマの聖地巡礼も好きです。

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