勝利の瞬間喜びがはじける胴上げ、そもそもどこで始まった?

 胴上げ、喜びに沸く優勝チームの選手たちが駆け寄り、監督を担ぎ上げ次の瞬間にはその体が宙を舞う。行事と言うべきか習わしと言うべきか、見ている者にまで喜びが伝わる気持ちの良いものです。選挙の当選者も難関大学の合格者も宙を舞いますが、この胴上げはどこでどのようにして誕生したのでしょうか?

善光寺でも藤崎観音堂でも

 誕生説の一つが長野市善光寺の「堂童子(どうどうじ)」の胴上げです。

 毎年12月の2度目の申の日に善光寺では、寺を支える浄土宗14ヶ寺の住職が集まり、天下太平・五穀豊穣を願って夜通し祈り続ける年越しの行事が行われます。この行事を司る人間を「堂童子」と呼び、業の終わりにその者を三度三尺の高さに空中に投げ上げるそうです。これは江戸初期に記録が見られます。

 新潟県糸魚川市大字藤崎の藤崎観音堂では、小正月行事の中で胴上げが行われます。

 初観音の前日1月17日の夜に身を清めて六尺褌を絞めた若い衆が、参拝者の中から厄年の人間を「目っけたー!」と言って捕まえます。「さっしゃげ、さっしゃげ(差し上げ、差し上げ)」の掛け声と共に担ぎ上げながら堂内を練り歩き、その後3度ほど天井目掛けて放り投げます。

 これによって厄を落とし、その年の無病息災を祈るのですが、勢い余って天井板に激突するのが見どころと言う、いささか乱暴な行事ではあります。平成17年(2005)からは、『藤崎観音堂胴上げ』として市の無形民俗文化財に指定されています。

節分行事の一環として

 また、このような話もあります。江戸時代後期の大名、肥前平戸藩の第九代藩主松浦静山が記した『甲子夜話(かっしやわ)』に見られる記述です。

 それによると

「正月の2日に世間一般では『掃き初め』と言って、座敷を掃き清める行事がある。千代田のお城の御座間(ござのま)の掃き初めは、老中方が箒を持って行う。節分になるとその御座間で、今度は老中方とその年の年男を務めるお留守居役が鬼やらいの豆を撒く。それが終わると多くの奥女中・老女衆が集まって膝をつき、「ご祝儀につき胴上げを致しまする」と挨拶をする。そして女中衆がわらわらと寄って来て、お留守居役を胴上げなさる」

だそうです。

 年男を務めた男性を御祝儀として女性たちが胴上げするのですが、いくら数を集めても女の力で大の男を持ち上げられたのでしょうか?それとも真似事で済ませたのでしょうか。

娘を奪われた腹いせ?婿の胴上げ

 新潟県南魚沼市六日町の八坂神社では、毎年1月6日の春祭りの日の夜に拝殿で神事を行った後、前年に嫁を貰った男が胴上げされ、そのあと直会(なおらい)と続きます。

 同じ新潟県の豪雪地帯十日町では『婿投げ』が行われます。これは1月15日小正月の行事で、前の年に地元の娘と結婚した男を薬師堂の前で担ぎ上げ、さんざん揺さぶった挙句、5mほど下の降り積もった雪の中へ投げ落とす荒っぽい行事です。地元の娘を攫った憎い男への腹いせとも、夫婦の絆を固めるための手荒い祝福とも言われます。

 現在ではそうそう前年結婚したカップルも見つからず、「婿投げ出場カップル」を一般募集して行事を続けています。

厄落としが勝利の祝福に

 このように最初の頃の胴上げは、勝利を祝うのではなく、厄払いの役目を持っていました。厄をまとった人をみんなで揺さぶり放り投げて厄を振り落とそうとしました。

 同様に困難な勝負を勝ち抜き、勝者となった人は、常人以上の力を持った異常な状態にあると見なされ、それを振り払って普通の状態に戻そうとして空中へ放り投げたとか。それがいつしか余計なものを振り落とす部分は抜け落ち、単に勝利を祝う習わしとなり、現在に至る、と言うのですがどうでしょうか。

 ともあれ人が大の字になって宙を舞う様子はいかにも晴れやかです。これで厄落としになるのなら、最初から祝いの意味で行うのもいいじゃないかとも思いますしね。

いつしか外国にも伝わる

 この胴上げ、世界ではヨーロッパ東部のハンガリーやチェコ・ロシア・スウェーデンでも祭りの時などに行われており、どこの国が発祥なのかはっきりとはわかりません。

 しかし近年の世界のスポーツシーンでの胴上げは、間違いなく日本から伝播していったものです。2002年の日韓ワールドカップ開催の頃から日本と韓国が共有する習慣となり、この時は韓国代表チームの胴上げが見られます。

 2007年にはリーガ・エスパニョーラでレアルマドリードが30回目の優勝を果たした時に、ファビオ・カペッロ監督が宙を舞いました。それが2008~2009年のUEFAヨーロッパリーグで一気に広まり、ドイツ・ロシア・イングランド・イタリア・フランスなどで、長年チームに後見した選手や監督も空に放り上げられます。

 「見栄えもするし、感謝と喜びを表すのにピッタリじゃないか」と思ったのでしょうね。日本から広まった祝い方として各国に定着してくれれば嬉しいものですね。

おわりに

 華やかで見ている方にもはっきりわかる勝利の喜びを表すのにまことに相応しい祝い方ですが、気を付けねばならないのは時として悲しい事故も起こることです。特に結婚式や忘年会など酒が入った席で一般人が行うと事故が起こりがちです。

 放り上げた人間を受け止めきれず床に落としてしまうのですが、多くの場合、被害者は亡くなったり重い後遺症を負います。鍛えられた体を持つ野球選手でも、胴上げの際には力の強い選手を中央に集めて行います。

 喜びの席が一転して悲しみと後悔の席に変わらぬ事を切に願います。


【主な参考文献】
  • 新谷尚紀『日本人はなぜそうしてしまうのか』(青春出版社、2012年)
  • 立命館大学文学部編集『日本文化の源流を求めて1』(文理閣、2010年)

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  この記事を書いた人
ichicokyt さん
Webライターの端っこに連なる者です。最初に興味を持ったのは書く事で、その対象が歴史でした。自然現象や動植物にも心惹かれますが、何と言っても人間の営みが一番興味深く思われます。

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