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 2019/08/27

日本刀の代名詞!「正宗」ってどんな刀?

「相州伝」という日本刀の作風を確立した刀工で知られる正宗
「相州伝」という日本刀の作風を確立した刀工で知られる正宗

物には開発者や発祥した土地、または特に著名な製作者などの名が、そのまま「代名詞」として使われるということがよくあります。火縄銃のことを渡来した島の名である「種子島」と呼ぶことなどがいい例ですが、日本刀の代名詞と称される刀工の一人が「正宗(まさむね)」です。

おそらく誰しもその名を聞いたことがあるであろう正宗は、むしろ「名刀」のイメージとして定着しているといえるかもしれません。

清酒にも数多くの「〇〇マサムネ」という銘柄があり、この起源は正宗の音読みである「セイシュウ」を「清酒(セイシュ)」にかけたネーミングともいわれていますが、名刀の鋭い切れ味や美しさを酒の味わいに例えたものと容易に想像することができます。

そんな超有名刀工、正宗についてのお話です。
(文=帯刀コロク)

刀匠「正宗」とは

ではまず、正宗のプロフィールを概観してみましょう。

鎌倉時代末期~南北朝時代はじめ頃の人で、相模(さがみ)国、つまり現在の神奈川県あたりを活動拠点としていました。 相模とは言わずと知れた鎌倉を擁する国であり、すなわち当時の武士たちが優れた武器を必要としたことから、刀剣の一大産地のひとつとして数えられる土地でもあります。

正宗は別名を「岡崎正宗」「岡崎五郎入道」「五郎入道正宗」などといい、日本刀の五大源流、いわゆる「五箇伝」のうち「相州伝」というスタイルを確立した刀工としても知られています。

日本刀作りの伝法「五箇伝」の場所
日本刀作りの伝法「五箇伝」。5つの地域に伝わる。

正宗の刀とは

正宗の刀がどのようなものだったのかを語る際に、その系譜についての予備知識を仕入れておきましょう。

正宗の師・新藤五国光

まず、日本史上初の武家政権である鎌倉幕府は、常に国難にさらされて強力な武器を希求していました。 鎌倉に本格的な刀剣生産拠点が設けられたのは五代執権・北条時頼(1227~1263)の頃とされ、古来より名刀の産地として知られる他の五箇伝の地より、名匠を招聘して作刀を行わせました。

例として山城伝の山城(京都)からは「粟田口国綱」、備前伝の備前(岡山)からは「一文字助真」らが召し出されたといいます。 しかし相模における刀工の祖は鎌倉時代末の「新藤五国光(しんとうごくにみつ)」であるといわれ、この国光こそが正宗の師とされています。

「正宗」という刀工名が初めて文献に登場するのは、14世紀はじめに書かれた日本最古の刀剣鑑定書である『銘尽』においてであるとされています。そこには相模鍛冶の系譜として新藤五国光の弟子、と正宗が記されています。

その作風とは

相州伝の確立者として名高い正宗ですが、武器としての機能について具体例を挙げるとすれば、「硬軟の鋼の組み合わせ」を完成させたことが特記事項といえるでしょう。

これは炭素量の異なる鋼、つまり硬い鋼と軟らかい鋼を不均質に練り合わせるように鍛える造り方のことで、そのことによって剛性と柔性の両立を実現しています。

このような相州伝の作風は後世の刀工に多大な影響を与えたといわれますが、鍛え上げた鋼を高温で熱し、さらに急速冷却して焼き入れをするという技術的な難易度のためもあり、室町時代の中頃には衰退してしまいました。

正宗の太刀には細身のものと身幅が広く切っ先が鋭いものとがありますが、これは南北朝という戦乱の時代を迎えての実戦的な形状変化を反映するものとされています。

また、美術的には肉眼で確認できる大きさの金属粒子が織りなす、「沸(にえ)」と呼ばれる景色の美に特徴があります。 透明感のある正宗の沸は、さまざまな変化を自然のうちに表す「曜変の妙味」と讃えられます。

短刀には特に入念な作例が多く、「上位献上品」として当時の慣習にならい無銘のものがほとんどですが、その紛れもない作風から多くが「正宗」の刀として伝わっています。

正宗は架空の人物という疑いがあった?

前項の最後で少し触れたように、正宗はその知名度に反して在銘、つまりしっかりとブランドを刻んだ作品が圧倒的に少ない刀工でもあります。もっとも、当時の相州鍛冶の作には名を切らないことが多かったことが知られており、正宗が特別であったわけではありません。

しかし、それがために明治時代には正宗は実在していないという説、いわゆる「正宗抹殺論」が提唱されたことすらあったといいます。

正宗が特に著名となったのは江戸時代のこととされ、徳川八代将軍・吉宗が作成させた『享保名物帳』(享保四年:1719)には、掲載刀剣計248振りのうち、実におよそ4分の1に迫る59振りが正宗で占められていることからもうかがえます。

正宗の代表作5振り

数多くの名刀を生み出した正宗ですが、そのうちよく知られた5振りについて、号だけでもご紹介したいと思います。

中務正宗(なかつかさまさむね)

徳川家の猛将・本多忠勝が所持していたという刃長約67㎝の刀。国宝に指定されています。

中務正宗(文化庁所有、国宝)
中務正宗(文化庁所有、国宝。出所:wikipedia

日向正宗(ひゅうがまさむね)

水野日向守勝成が戦利品として奪い取って所持した、刃長約24.8㎝の短刀。国宝です。

日向正宗(三井記念美術館蔵、国宝)
日向正宗(三井記念美術館蔵、国宝。出所:wikipedia

石田正宗(いしだまさむね)

石田三成が所持していた、刃長約68.8㎝の刀。重要文化財に指定されています。

石田正宗(東京国立博物館蔵、重要文化財)
石田正宗(東京国立博物館蔵、重要文化財。出所:wikipedia

不動正宗(ふどうまさむね)

刃長約25㎝の短刀で、数少ない「正宗」在銘の作。不動明王の彫り物があることからの号で、重要文化財となっています。

会津正宗(あいづまさむね)

織田信長の娘婿としても知られる蒲生氏郷の所持した、刃長約65.2㎝の刀。氏郷が会津を領したことによる号で、現在とは皇室所蔵の「御物」となっています。

まとめ

「日本刀といえば」、という代名詞とすら称される正宗の刀。 重要な技術的革新をなしとげた名工として、その名が語り継がれています。

刀剣をテーマにした展覧会などでも目にできる機会が多いと思われるので、ぜひ歴史的な背景にも思いを馳せながら鑑賞してみてくださいね。


【主な参考文献】
  • 『別冊歴史読本 歴史図鑑シリーズ 日本名刀大図鑑』本間 順治監修・佐藤 寒山編著・加島 進協力 1996 新人物往来社
  • 『原寸大で鑑賞する 伝説の日本刀』別冊宝島編集部 2018 宝島社




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